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november 2014 posts

2014.11.13

理不尽だとすることの理不尽

自分が納得のいかない事は「理不尽」だと感じる。 本当のところは理不尽ではなくきちんとした理由や理屈がある場合でもそう感じてしまいがちである。

恋愛でも別れを切り出された時、自分の方にその気持ちがないと理不尽だと思ってしまう。
理由がわからないだけの事なのだが、それゆえ理由を聞きたがる。

色んな言葉で理由を説明してもらってもおそらく納得はできないだろう。
最初からその理由を何とか覆したいと思って聞くからである。

理由のほとんどは飾り言葉に過ぎないと思う。
特別な事情の絡む例外を除けば、理由は単純なものである。

興味がなくなったことに尽きる。

相手に興味があるうちは別れにはならないだろう。
これ以上一緒にいても何も楽しさや嬉しさが見いだせないと感じたら、当然別れると言う選択肢になる。

でもまだ興味が見いだせるかもしれないと言う何かしらの期待があれば猶予期間があると思うのだが、それでも何も変わらなければ期待が無駄になった感が大きくなる。
何度かの期待はずれが続くとジ・エンドとなる。

別れを切り出されて理不尽だと感じているうちは次の恋も危うい。

2014.11.09

幸せに触れる瞬間

 
すべての人の人生が平等に設定されているかと言うと、そうではなさそうに思える。
ではまったく不公平なのだろうか、そう考えてしまうのももったいない気がする。

他人を羨ましいと思う人も、もしかして他人から羨ましがられている部分があるかも知れない。
それは自分にとっては大した事柄ではない場合もある、同時に自分が羨ましがっている事も相手にとっては取るに足らないことであるかも知れない。

すべては自分を基準に於くから上下ができてしまう。

恋愛に於いても、叶わない時や上手くいかない時は落胆したり嘆いたり、また怒りをあらわにしたりと感情が冷静さを上回る。
そのこと自体は当然ではあるのだが、そこからの脱出が大事なところとなる。

すべてが平等であると仮定するならば、そこから先に幸せがあると思うことができるのではないか。
そう思えば、そのどん底の状態で立ち止っていることは非常に損失であることに気付く。

自分にとって最適で最高に思えた相手だが、実際にはそうではなっかたのかもしれない、相手にとってもまた同じくである。自分だけを基準にしてしまうと不満だけが残ってしまうのが怖い。

失敗や失望を経験したのなら、そこで終わってしまったらその経験は無駄になってしまう。
次の展開がなければ平等に戻す機会も失われる。

幸せは後ろには無い。

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