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juni 2011 posts

2011.06.24

恋愛のフィギア

男ならプラ模型、女ならさしずめ着せ替え人形を思い浮かべたらいいと思う。

恋愛に於いては、相手が自分の好みである事が条件となる。
それは外見であっても中身であっても、どこかに惹かれるところがあってのことである。

最初は全く興味がなかったとしても、相手を知るうちに好きになることもある。


プラ模型は組み立てていくことが楽しい。
着せ替え人形でも服をとっかえたり髪型を変えたりするのが楽しいのだろう。

色を付けたりパーツを変えたり、そうやって自分の好みが反映していくと嬉しいものである。

最初から完璧に好み通りに出来上がっているものはおそらく無い。


人は男であっても女であってもそれは同じようなものだ。
だから恋愛をするのが面倒だと思う時は、最初から作っていかなければならないと思ってしまうからである。

赤ちゃんと恋愛するわけではなく、おそらく相手はすでに組みあがっている人間である。
中身も含めて自分の好みに手を加えていくのを邪魔くさがっていては、最初から完璧に出来上がった模型を求めるようなものだと思う。


恋愛をしていくというのは理想を追うことでもある。

但し、相手も貴方と言うフィギアに対峙しているのである。

2011.06.22

テンションのとらえ方

恋する気持ちには大なり小なり波がある。
一時も離れたくないと言うくらいピ-クな時が永遠に続くかと言えばそうでもない。
それは気持ちが覚めたのでも相手に飽きたのでもない。

右肩上がりに上昇するテンションが横ばいになってもそう感じるだけである。
何か特別なことがない限りは一気に下がるようなものでもない。

感情とは人それぞれ波形が違うから常にぴったり一致すると言うことはまずない。

これがずれている時にどう対処すればいいのか。


テンションの上がっている側がいったん平行になった側に合わせるしかない。
逆は同じ合わせるにしてもマイナスの負担になる。

上から下へ合わせるのはさほどでもない。
それによって相手を見る余裕もできるはずであると思う。


そこで自分のペースだけで進んでしまうとおそらく波形はますますずれていく。

ふと平行線になった時に相手が同じようなテンションに合わせてくれた時に、安心感を覚えるのは男も女も同じだろうと思う。

2011.06.18

告白で100連勝する方法

まず100回も告白するバイタリティーがあっての話ですけど。

野球なんかでも「引き分けをはさんで何連勝」とかありだから告白も同じパターンで考えてもいいですよね。
となれば楽勝です。

付き合ってて振られるのは一度付き合ってるわけだから排除します。
告白したタイミングでいい返事がもらえたなら1勝と数えるわけで、そうでなければ引き分けなんです。

貴方なんか顔も見たくないし、同じ空気も吸いたくないと最初から振られることは余程ですね、まずないでしょう。
もしあったとしたら、そこに至るまでに相当嫌な思いをさせたのでしょう。

そう考えると告白までのアプローチが重要と言う事になります。

とは言っても難しい事は必要ないと思います。相手が極度に嫌がる事をしなければ大丈夫なはずです。

しかし告白して断られる場合もあります、むしろその確率の方が高いと思ってるくらいでもちょうどいい。

じゃあどうやって100連勝できるんだ!となります。


断られても、今は保留と思えばまたの機会がある。
だから引き分けであって負けではない。

100連勝を目指すなら次に行かなければできません。
と言う事は引き分けの相手からとりあえずは気持ちを離さなければならない、離れなければ時間をおいて次の告白の相手も同じ相手にすればいい。

また引き分けでも同じ事である。

要するに告白してその時だめだったからと言って尻尾を巻いて下を向いてしまわない限り100連勝でも200連勝でも楽勝なのである。


最初に書いたように100回も告白するバイタリティがあればね。


2011.06.16

迷う時

別れるという決断の瞬間には断ち切る勇気が伴う。

恋愛は終了、そこから先は知人友人としての関係にするか全く遮断してしまうかは自分一人の都合とはいかない。

相手側も同じタイミングで消化できれば違った立場でつながりは残るが、そうはできないだろうと思えばそこで関係は断たれてしまう。

しかしほとんどの場合、同じタイミングと言うのはあり得ない。
そのズレがあるからどうしても片方に曇りが残る。

では自分のタイミングで断ち切った方は楽なのかと言えば必ずしもそうでもないと思う。
そこに未練が全くなければ別だが、少しでもあるのならそれは英断である。

なぜなら切られればどうにもしようがないが、切る方にはまだもう少し考える、或いは待つという選択肢もある。
葛藤ののちにそこをあえて切るのは楽だとは思えないからだ。


断を下した方はそこから進む道を探して行ける。
しかし突然に道を塞がれた方はその場で立ち往生してしまう。

その立場の違いを論じる時に、断を下した方もその前の地点で立ち往生していたのだろう事を考えると、そこに気付かなかった時点で距離が開いてしまったのだと結論付けるしかない。


恋愛には相手が立ち止った時に一緒に立ち止まれるタイミングが大切な事なんだろう。


2011.06.11

理想の献身

献身と言うのは身も心も捧げる事を意味するが、ここで何度も記しているように、女が捧げる側だとすると受け側の男の感謝の意がなければ成立していないように思う。

それは見返りや感謝の御礼や褒め言葉がなければならないというものとは違う。


一方的な奉仕や好きな気持ちの表われであっても、それが相手に通じていないと本人がそれでいいと言っても自己満足のみで終わってしまう。

本人的にはしょせん自己満足なのだからと思うだろうが、それならば肉親に近い関係になってしまって恋と言うのには不足であると思う。

いや仮にひとつの恋の形だとしても恋愛としては何も得る事がない。


男側のわずかの認識さえなければ、それこそ男は得るものどころかおそらく失うものの方が大きい。

失うものとは相手に対する感謝や尊敬である。


男女の恋愛関係の中にも対等でありながら、尊敬や感謝はあってしかるべきものである。

間違った献身は受け手側のそういう本質的な事をつい忘れさせてしまいがちである。


理想の献身とは男をだめにしない献身であるという事になりはしまいか。

2011.06.01

楽な存在

恋愛の相手に望む事の中で大きな比重を占める「楽でいられる相手」に関しても、男の方に厄介な勘違いが多くみられる。

男は相手が自分の思う事をよく気付いてくれるから、或いはよく言う事を聞いてくれるから気の優しい、気が効く子だと思い込みがちである。

それはそれで間違いではないのだろうが、そこから離脱して自分の事が好きだからそうしているのが嬉しいんだろう、さらにはそうすることが愛情の表現なのだろう、と胡坐をかいてしまうのはとんでもない事である。

やがて男はそれをしろ、あれをしろと言う傲慢と思える態度に変わっていく。
そして自分は何もしないでいいような「楽」を女への褒め言葉にする。


女はそう言う楽な存在などは望まない。
自分の状態をわかってくれるという意味の楽であり、何かをするしないの身体的な楽はほとんど関係ない。
精神的な楽という意味では、自分が何かをしてやっていても与えてもらっているものである。

たとえ喧嘩になる事があっても、それは感情をさらけ出せる楽な相手であるからこその喧嘩であり、ストレスの残る喧嘩には発展しない。


何をやっても許される、関知しないと言うのもまた違う意味の「楽」であって、そこに恋愛の感情がなくても有り得るものであるから同じ分類には入らない。


恋愛の「楽」とは実態は掴みづらいが、それを感じた時にようやく実感できると思う。

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