無料ブログはココログ

« april 2011 | Main | juni 2011 »

maj 2011 posts

2011.05.25

恋愛が面倒と思う時

恋愛を何度も経験してきた人や年齢を経た人は、一から恋愛をするのは面倒だとよく言う。
一からって言うのはどこからになるのか、自己紹介だろうか?


人と出会うと初めましてと言う意味で誰しも名前を名乗る。
次に相手に興味を持てば、何かを尋ねる。
次に会いたいと思えば連絡先を聞く。

ごく自然の手順だ。


それを形式ばって、次はこうしないといけないと考えると確かに邪魔くさい。

しかし、手順通りにする必要もない。
二から始まり四と六が入れ替わってもそれはそれで構わない。

数学の問題を解くわけではないのだから順不同である。


デートの約束をしてどこかで話をして告白して、と言うのが面倒だと言うのであれば、今それを考えていると鬱陶しくなると言うだけで、実際に相手が現れればそんな杞憂は吹っ飛ぶ。

そうしたくなるほどの相手がいないだけだろうと思う。


この人だと思えばそんな手順じみた行動は当たり前にできるだろうし、むしろ楽しいもののはずである。

恋愛を一からするのが邪魔くさいと思ってしまうのは、おそらく教科書通りに手順を踏んでいかなければいけないと言う風に捉えるからじゃないだろうか。

良いなと思う人といきなり付き合えたら苦労はしない、と言うよりむしろつまらないように思う。
そうなると逆に付き合ってからの方が邪魔くさいに違いない。


恋愛として付き合う前の予備付き合いとして見極め期間があってもいいのではないか。
邪魔くさいと思ったらどうせ長続きはしないのだから、その時点で見極め終了となる。


面倒だとか言ってる人に限って、周りから見て面倒くさいような恋愛をしていたりするものである。

2011.05.18

恋と愛のスタートライン

毎日会えない時には、いつも会いたいと思う。
ずっと一緒にいるとそれが当たり前のようになり、新鮮さがなくなり飽きがくる。

同棲や結婚の後の、男の側からの単純な捉え方である。


男は恋愛がスタートしてそのまま区切りなく延長されていく。
女は同棲や結婚を機に恋を愛へと変えていく。

その変化は気持ちのものであるがために、ガラッと変わってしまうわけではない。

女が愛を築きあげていこうとする時において、男はもう愛はあるではないかと勘違いする。
男の愛の価値は女の感じる愛の重さとは微妙に食い違うのだろうと思う。

毎日会えるんだから十分に愛はあるだろうと思う男と、会えるからこそ愛を示してと願う女。

愛を見せる事に鈍感な男はそこからどうしていいのかわからい。
いつまでも恋の延長では女はもの足りなくなる。

好きだと言うだけで男が恋を続けようとするなら、最終的に愛を求める女は去っていく。


男にはスタートラインが一つしかなく、女は愛を求めるためのスタートラインをもうひとつ持つのである。

2011.05.10

嘘と真実の真意

よく言われる「嘘をつくなら一生ばれないように突き通せ」の真意は何か?

ばれたから嘘となるのであって、ばれなければそれは嘘であっても嘘ではなくなると言うのが通税となっている。
つまりばれた時点で嘘だと判明したわけであるから、貫き通した嘘は真実になる。
気づかなければ傷つかないからである。

しかし、これは嘘をつく行為は許すことになるような理論になってしまう。

本来ならば、ばれようがばれよまいが嘘をつくこと自体が非難される行為であるはず。
そういう行為に至る心理や理由がやましいからだと考えられるからである。


嘘を突き通せと言うのはとどのつまりが、自分の猜疑心を揺り起こすなという意味で使われている。

自分だけがその嘘を知らずに周りのみんなが知っていれば、周りからすれば哀れだろう。
だから嘘をつくならすべての人を騙し切れと言うことなのだろう。

おそらくそれは無理であろうと言う前提で言われるから、結局のところ、やはり嘘はつくなと言うことなのである。


わからないように突き通せという言う言葉の真意を取り違えないようにしたいものである。


« april 2011 | Main | juni 2011 »

Categories

  • 恋愛
marts 2017
søn man tir ons tor fre lør
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Recent Trackbacks