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april 2010 posts

2010.04.15

優しさと罪のジレンマ

優しさは時として罪になる。
優しいがゆえに相手を思いやり、自分の気持ちと裏腹な行動にでることが逆に相手をより一層悩ませてしまう。

恋愛の状態にある時はほとんど感じられない事ではあるが、ふとテンションが下がった時、あるいは恋愛の状態にない時にはその優しさが相手の心をえぐる。

相手が鈍感で無頓着な人なら優しさは優しさでしかありえない。
それでも何かの拍子に相手が気付いた場合、優しさはもはや優しさの表情は持たなくなるものだ。
その時にはむしろ優しくなかった方が良かったと言われかねないくらいに報われないものとなってしまう。

時には冷酷な方が優しさと感じられる事さえあるはず。
優しさの定義は奥が深いものだ。


2010.04.08

恋はどこに存在するか

恋をしようしようと思えば恋はできない。
皮肉なことだが意図的にする恋は本当の恋とは成り得ないのではないだろうか。

ここでいつも恋をしようと推奨している事とは相反しているようであるが、恋をしようというのはいつの時でも恋する気持ちを放棄するなということである。

意図的にしようと思わずとも、その気持ちを忘れずにいる限りどこかで巡り合う。
どこにでもある恋を見落とすことがなくなるだろうという意味でもある。

おそらく恋とは無数に存在する。
その存在は水の中に散らばっているガラス玉のように見つけにくいものなのだろう。

気付かないだけである。


2010.04.04

心の味覚

コーヒーが好きな人がいれば、飲まない人もいる。
紅茶でないとだめな人でも必ずしもすべての種類の紅茶が好きというわけでもない。
食べ物にしても食わず嫌いというものもある。

これは恋と共通するところがあると思う。

味を知っていて好みが決まってしまうこともあれば、味覚がいつの間にか変わったり、好みが逆転してしまう事もある。

人が人に恋するのも同じように感覚が変化していくものかも知れない。
それは心の味覚も年代や環境に影響されて、感じ方が様々な味を受け入れたり拒否したりしていくのだろう。

恋の良さはそれをする人によって味がすべて違ってくるところにある。


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