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november 2009 posts

2009.11.24

幸せの感情表現

好きだという気持ちを言葉にするのは簡単なのだが、どれほどの感情が込められているのかを伝えるのは簡単ではない。
そもそも大きさの単位が存在しないからでもある。

女性は言葉を欲しがるが、言葉を裏付ける行動も望む。
言葉だけでは物足りないという単純なものではなく、それの真意を掴みかねる、或いは行動に反映されないと不安がよぎるからである。

女性は一緒に居たい、会える時間が欲しいということが前提になり、その共有の時間に癒しを求める。
考えてみれば最も単純で素朴な思いである。

よく女性が幸せ過ぎて涙する事がある。
この想いの大きさがわかる男は少ないのだろう、何故なのかと男性は首を傾げる。
もうすでに表わせる言葉が見つからず、その気持ちの扱い方に途方に暮れて溢れだす感情が涙になる。
果てしなく膨張し続ける想いを持ちきれないといったところか。

そして男性にとって憶えておくべき事は、そのMAXの感情のほんのかすかどこかにさえ不安という感情が存在するという事である。

幸せな感情が大きくなればなるほどそれを恐れる気持ちがあるということも涙の一因なのである。

2009.11.21

恋愛から得るもの

恋愛の経験値とはどう言う条件によって上がっていくのだろうか。

ただ単に付き合ってきた相手の数が多いから数値が上がるというものではないだろうし、ひとりの相手との年数が長いから数値が高いとも限らない。
いくら数を誇ってみてもその相手からの評価が低いとなればレベルは少しも高くはない。
長く続ける事が出来たからと言っても相手が不満だらけで我慢していたならばそれも数値が上がらなかったと言う証拠である。

とすれば数や年数ではなくその内容となるのだが、では内容とは何なのか。

悩みや不満やを相手に感じさせてもそれを何とかしようとした時に人は相手の気持ちを考える。
何らかの手段を講じて、これがうまくいかずに失敗に終わろうが好転しなかった場合であってもこの時点で考えた事は経験値になる。
何もしないで相手に原因を押し付ける人には経験値は与えられない。

恋愛はお互いに心地良いものであるべきである。
それを維持するには相手の感情を察しなければ難しいし、そうしようと思う姿勢がなければ崩れていく。
自分は完璧であると勘違いしている者は何も向上しない。

経験値とは相手からどれだけ学び取ったかだろうと思う。
知識ではない、恋愛している状況にある時の相手の気持ちである。
と言うことは自分ひとりで上げていけるものではないと言う事になる。

恋愛をしたから必ずしも経験値が上がるわけではないようだ。



2009.11.15

心配や不安の種類

恋愛が楽しいものだと言う根底にはちょっとした心配や不安があった上でのことである。

どんな仲が良い恋人であっても相手の言動のすべてに全く心配を感じないと言う事は恐らくありえないだろう。
それは殆どの場合が自分の受け取り方がそうさせている。

相手の何かに疑問や不安を抱く事は何かの根拠があるにせよ、その根拠に基づいた自分の判断である。
ひょっとして相手は何の意図もないかも知れないのである。

浮気や嘘のような、恋愛する二人の間で重要な事はその範疇にない。
それはちょっとした心配とか不安のレベルではないからだ。
そう言うことが頻繁にあっては楽しい恋愛と言えるはずはない。

ここで言うのはいわゆる取り越し苦労というやつである。
たとえ浮気や嘘のような場合でも、それを心配すると言う気持ちが不安を先走せらせる事がある。

誤解のないように先に言っておくが浮気や嘘を肯定しているわけではないのであしからず。

後で考えれば納得できる行動であっても、その時の自分の受け取り方が自らの不安を掻き立てたのである。
こういった不安や心配と言うのは逆に恋愛のスパイスでもある。
全くないというよりむしろあった方がいいのだと思う。

恋愛は楽しいものであるべきと言う観念の中には、自分の心が自分自身で振り回される事を心地よさと感じれるところにある。

2009.11.11

バッドエンドの仮想

好きであっても告白できない、或いはしないでおく事の苦痛は計り知れないように思う。
それが素直に心地よいと感じれる人は凄いとも思う。

好きであってもいずれ誰かの元へ行ってしまうという寂しさは、付き合って後の別れの寂しさとどれほどの違いがあるだろうか?

恋愛として付き合えたならひとつの希望は叶ったわけだが、一度は叶っただけに好きな気持ちのままで別れることになれば余計に辛いかも知れない。
しかし、恋愛として付き合うことのないまま終わってしまえば悔しさが残る。

どちらもハッピーエンドを前提としない仮想であるが、現実の恋愛の中では珍しい事ではない。
女性においてはどこかに少なからずこの思いがあるように感じる。

だからこそ仲の良い友人という立場を持続し続けると言う選択肢が生まれる。
これは気持ちの消化と言うよりむしろ昇華と言った方が適切かも知れない。
気持ちに歯止めをかける一種の技のようでもある。

この至難な技は女性の方が長けている。

2009.11.07

恋愛は妥協にあらず

恋愛に自分の性格を重ねあわすと、不器用さ・頑固さ・だらしなさ・慎重・猜疑心・まめさ等がよく表れる。

人は性格と反する事をするのは苦手で、ともすれば苦痛を伴う。
だから自分の性格に合った相手を探そうとする。
しかしすべての点で一致する相手と出会うことなど万に一つもありえない、と言うより存在しないといってもいいかもしれない。

となれば、恋愛の相手には妥協が必要と言うことなのだろうか。
おそらくそうではないと思う。

自分の性格と異なる相手の振る舞いや言動にはイライラしたり口を挟みたくなるが、相手がそれに耳を貸せばそれは決定的な亀裂にはならない。
そのことに触れる事がタブーではないという証である。
しかし、それは必ずしも改める事を前提としているのではない。
そういう事になればどちらが改めるのかという争いにもなってしまう。

耳を貸すということはただ聞くだけにとどまらず、認めるということでもある。認めようとしない人は聞くことさえしない。

認めることが出来る人は、相手の気持ちを察する事も出来る。
これはあくまで可能性であって必ず察するわけではないが。

そうすると今度は自分の性格通りに恋愛を動かそうとすることに注意を払う。これも妥協ではなく思いやるという事である。

この思いやるという点が我慢を伴わずにできることが理想である。
嫌々ながら従うとか合わせるのにはどこかに無理があるが、嫌でなければストレスがない。

つまり妥協と違う点は、相手の性格を認められるか否か、認めるにはストレスなく合わせることができるかどうかである。

むしろ合わせるのが楽しいというくらいに受け止められればベストだろう。


2009.11.02

浮気対策

浮気をされないようにするために女性の採る策は何か?

ある女性は、他の女に目が行かないように努力すると言った。
具体的に言えば、料理を頑張ってより上手になって家でご飯を食べたいと思わせる。
いつも綺麗にして身体のラインや肌を衰えさせないようにする。
SEXに飽きさせないようにする。 etc

どれもが男にとって魅力的で有り難いことである。
しかしこれは根本的に男の浮気の原理を間違って理解している。

例えば女の浮気に当てはめればこれは通用する、と言うのは女の浮気は男に対しての不満や寂しさから起こる代理行為である場合が多いからだ。

ところが男の浮気はその理由が全く違う。
何かの代わりと言うものではないからである。

先ほどの女性の努力を取り上げれば、家で食べるご飯がどんなに美味しくとも、すばらしいボディラインを維持してようが一切関係ない。
なぜならそこに不満があっての浮気ではないからである。

ではどう言う原理が働くのか。

前にも記したかもしれないが、女性がお気に入りのブランドのバッグを持っていたとして、新作のバッグが発表され、それが可愛くて気に入ったら欲しくなるだろう。
だからといって前から持っているものはもう要らないとはならない。

簡単に言えばこれが原理である。

つまり発表される順序が逆であれば、実際に今持っているバッグの方を欲しがるということになる。
どちらが上とか下はないわけである。

男の浮気のすべてがこの原理に当てはまるとは言わないが、女性が理解に苦しむ種の浮気はほとんどがこう言うことだろう。

ではこの種の浮気に対して対策はないのか。
絶望する答えだが、無い。

男を監禁して他の女を見せないくらいしかないのではないかな。

ただこれは浮気心が現れることがある原理であって、浮気をする原理ではない。
するしないは意思で制御できるからである。

惚れた女性がいる間は他の女に興味がない場合もある、その場合は前出した女の子が言うように、より魅力的になろうとすることは無駄な努力ではないと思う。

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