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oktober 2009 posts

2009.10.31

浮気に対する女性の勘違い

浮気と言う中で女性が勘違いしがちな部分にSEXとの連携がある。

よく女性は浮気されるくらいなら風俗でも行って処理してきてくれた方がまだましだと言う。

これは浮気を性欲の対象に重ねて見るからそうなるのだが、そんな単純な仕組みから起こる浮気は厄介な敵ではないはずだ。

血気盛んな若い年代の浮気はそうであっても、本来男の浮気心とは年齢に関係なく潜んでいる。
だから女性がいくらスーパーボディを維持しても、男の浮気を阻止する武器になるとは限らないということである。

彼女や奥さんに対して後ろめたさや罪の意識はないのかと言うのもよく聞く意見だが、全く無い事はないはず。
それは彼女や奥さんに対して気持ちが無くなったことから起こった浮気心ではないからである。

ある女性は浮気されたらこちらもやり返してやると言った。
これは目には目をの考えだが、自分の嫌な思いを相手にも味合わせてやらなければ気が済まないというだけの事で、相手の浮気の歯止めにはならないだろう、むしろ喧嘩になるだけのように思う。
しかも自分も怒りの解消にはならないはずである。

性欲でもなく愛情の欠落によるはけ口でもない男の浮気。
女性からみて理解しがたいこの行動の原理は何なのか。
そしてそれに対する対策はあるのか。


2009.10.26

理想の一片

好みと理想はどう違うだろうか?

理想と言うと外見から中身までこと細かく項目を挙げていけば何百何千にもなるかも知れない。
好みとなればほんのその中の一片を見つけた時に使う言葉となる。

理想はあくまで男女ともに永遠のテーマである。
恋愛はそのほとんどが好みの範囲で成立していくように思う。
そう考えれば美男美女、美女と野獣、美男と○女の組み合わせがあっても不思議なことではない。

しかしながら好みというのは一片を捉えたものであるゆえに脆くもある。
好みでないむしろ嫌いな別の一片が見えた時に揺らぎ、さらに別の一片が見えると押し潰されることもある。

そこで今度は一片だけでなく、それをいくつか持ち合わせている相手を探そうとする。
いいところがいくつもある、というような具合である。

どんな人が好みかと聞かれて一言で言えないのは当然であり、それをあえて言うならば一番重要視したい所を挙げるだろう。
理想の中のいくつかの一致で好きになれると言うことである。

しかし現実では、好みでない点が次々と露呈されてがっかりすることもよくある話である。
恋愛するということは相手の好きな一片をさらに探すことであり、自分の方は相手から見て嫌な一片を減らしていくことである。

2009.10.23

プラス思考の欠点


物事を常に良い方に考える事はストレスを溜めずに済む。
最初は無理やりにでもそうすることによって次第に自然とできるようになればベストだと言える。

そういうプラス思考にも実は欠点もある。
それはプラスへの持って行き方であり、そこに反省を付け加えずに慢心することである。

良い風に考えるにも反省はあってしかるべき、それを踏まえて気持ちを切り替えることが大事になる。
何の反省も無ければせっかくのプラス思考も生かされない。
おそらくは同じ事を繰り返してしまう結果になり、それでお構い無しなのは自身が成長するはずもなく、もはや自己中へと化しかねない。

結果は結果として捉えて、そこに失望感や虚脱感を充満させない切り替え方がプラス思考となる。
ともすれば深く考えないと取られるが、いい加減に放棄するのではなく、次はしくじらないようにすればいいやという良い意味での開き直りができると言うことになる。

恋愛にしても心配や悩みのネタは大小関わらずたくさんある。
自分のそういう要因に対してプラス思考で乗り切り、相手の要因に対して
深く考える姿勢はストレスにならない。
自分の思い悩む対象は相手にあるから掴みきれないが、相手の悩みの対象は自分であるから調整や是正が可能だからである。

プラス思考は相手の気持ちを無視しては成立しない。
自分の気持ちの持ちようを切り替えるための補助手段であって、使い方を間違うとただの欠点となる。


2009.10.20

恋愛の中で育てる恋

恋愛の捉え方に男と女では大きな差がある。

好きであるという感情を伝えたい、受け入れて欲しいと思う気持ちの動きは同じである、しかしまだそこは恋と言う感情の分野から出ていない。

そこからの恋愛と言うフィールドに入れば男女間の取り組み方にズレができてくることがある。

男は彼女に対して自分の独占物であるかのような形を求める。
形が出来上がればその事にほぼ満足できるから、相手の女性にも自分と同じ満足の感じ方を求める。
つまり付き合ったということにひとつの達成感があり、そこに主従関係を築いてしまって自分が主の側であることを当然と思い込む。
その結果、自分の思い通りの恋愛を強いてしまう。

女性は恋愛の形になった時点で始まりであるから、それを育てる事が共同作業と考える。
二人が一緒に楽しむ、喜ぶ、または悲しむということをすべて共感したいと感じるからこそ自分の感情や価値観にも理解を求める。

終結ではないが、ひとつの達成と捉える男とそこからのスタートと捉える女との差が溝を作ってしまう。

何かを段階的にでもひとまず達成と思ってしまうと逆に飽きやすい。
そこからの新たな発見を自主的に探す事より、むしろ男は居心地にあぐらをかく。
その居心地が自分だけのものである事に気付かずに、付き合っているのだから彼女も同じ思いだろうと錯覚してしまう。

恋愛の捉え方の違いは価値観の違いとはまた違う。
価値観は形成されていくが、恋愛の捉え方は成長して変化していくものであるからだ。

男女間で差があるとは言え、好きであるという感情から始まったものであることに違いはない。
推奨するのは男性が女性の捉え方により理解を傾けることである。


2009.10.17

言葉と行動

恋愛の基本はコミュニケーションにある。

話さないかぎり何も生まれないはずだからであるが、恋だけなら一目惚れもあるように中身を知らずともできる。

よくしゃべろうが無口であろうが、話す事の一片からでも相手の事を知り得ることが出来る。
ただ誰しも話していることが真実なのか、本心なのかを知る事が出来ない。
それは信用とか信頼によって補われる事になる。

その信用や信頼は簡単には生まれないからこそコミュニケーションが必要となるのだろう。

言葉は簡単に出せる。
その言葉を裏付ける行動ができているかどうかが相手の信用や信頼を得る。
本心から言った言葉は実行しようと意識しないでも自ずから実行できるし、知らずに行動していることが逆に言葉となって出てくる。

コミュニケーションには言葉と行動が対になってこそバランスがとれる。
どちらかに不信感を覚えるとバランスが崩れ、言葉に不安がある時には行動に信頼を求め、行動に不信を抱けば言葉に釈明を求める。

恋愛の弱点のひとつに自分の気持ちや感情とは裏腹に願望が出てしまうと言うことがある。
そうであって欲しくない、そうに違いないと思いたいのは願望に他ならない。

相手と触れ合う事によって、自分は相手に信頼を感じて思っているのか、願望を持って思い込んでいるのかを判断したい。

2009.10.13

吹っ切れない理由

時に恋は非情な一面を見せる。

その恋から自ら去る必要に迫られる時と、離したくないのに去られる時である。
どちらの場合も一度は気持ちが燃え上がり、その感情の高まりを知ってしまった限りすぐには消し去る事が出来ない。

忘れられないと言うのは戻れない現実がある限り残酷である。

想いを吹っ切ると言う手段は存在しないのかもしれない。
そういう楽な利器を持たせてはくれまい。

その恋に費やした時間や気持ちが簡単に消せては、恋に関して成長する機会が失われてしまう。

人は悩んで苦しんでいる間に成長していくものなのだろう。
まだステップアップできてないうちは新たな恋に出会わせてもらえない、そんな試練は次に恋する人への礼儀なのかも知れない。

もし恋する気持ちになれないとか、新たな出会いがないとか嘆く事があるのなら、自分がその段階になってないからだと考えてみれば合点がいく。

人によってレベルアップの区切りは違うはずである。
次はどのくらい先なのかは誰も知るところではない。

まずは今より一歩進む事である。



2009.10.06

出会いの脚本

男と女の出会いなんてどこでどう繋がっているかわからない。
しかしいきなり自分の求めている相手に出会うのかと言えば、その確率も少ないように思う。
ひとりの人と出会い、親しくなればそこからまた繋がりが生まれる。
ひとりの人と出会う事は二人、三人と出会う可能性を持ち、さらには十人、二十人と出会える事さえできるかも知れない。

もしどこへも行かなかったら可能性は狭められる。
職場と家の往復だけでは何も広がらないと言うのはそういうことである。

色んな可能性を求めて行動すれば多くの人と接する、もちろん不愉快な人とも接することも多々ある。
それさえも可能性という面から見れば間違いなく広がっているはず。

求める人は今は何の関わりもない人かもしれない、とすればあちこち行動していても一向に出会わないと思っていても、出会っていく人を介して確実に手繰り寄せていっているはずだろう。

或いはある人との別れが出会いの一歩になっているかもしれない。
後になって考えてみれば、過去の別れがあったからこそ出会ったという場合もある。

恋に破れて悲しみに浸るのは一時的にとどめておいて、次の出会いのステップにする事だ。
もちろん感情的にはそう簡単にはいかない、しかしそう考えていかないと悲しみから抜け出せない。

すべてが自分のベストパートナーに出会うための演出なのではないか。
脚本の最終章はきっと自分で書き上げるようになっているのだ。
当然ハッピーエンドにするはず。

2009.10.02

見切られた理由を知るべし

恋だけしている分には自分だけの満足でも充分に成立する。
恋愛になるとそれではいけなくなる。

自分の思いや考え方、価値観や生き方などを語るのはいいが、語るということは相手にもそれについて考えると言うことである。

恋愛の多くでは女はそう言う価値観の違いで男を見切ることがあるが、それは大抵が男は価値観を押し付ける傾向にあるからだ。
女は男に従え的な考えがまだ強く根付いていることによる弊害である。

男は自分の思い通りになるとそれが当然であるかのような勘違いをし、女が納得いかないままに折れると自分は満足する。
しかし決して相手の気持ちを思いやってはいない、自己満足でしかないということに気付いていない。

これでは恋愛として長く続くはずはない。
ものの価値観や考え方が変わらなくても、そのあり方をきちんと捉えられるようになれば、正反対の考えであっても理解が出来る。
そうすると強引な押し付けや傲慢な言動は自然に消える。

それによって女の方は我慢と言うストレスを持たなくていいから価値観が違っても居心地が悪くなることはない。

つまり価値観の違いで男を見切るのは、その価値観の違いが原因なのではなく、男がその違いを受け止めていないからである。

ならばそう言うことを理解してもらえるように筋道立てて話してみればいいではないかと思うかもしれないが、そう言う男はおそらくこんな理論さえ聞き入れるだけの器は持ち合わせてないと思う。

これこそが価値観だからである。

だから見切る。
そんな男とずっと一緒に居ると疲れるだけだからまさに正しい選択だと思う。

当の男は自分の器が原因だとは気付かず、価値観が合わなかっただけだと思い込んでいるから哀れである。

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