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juli 2009 posts

2009.07.17

目線の変化

常に同じ目線で相手を見れるものだろうか。
これはどういう事かと言うと、相手の言動に対して今まで何とも思わなかったし、むしろ面白く楽しく思えていたものが鼻につくとか嫌な感情になると言う事がある。
はじめは新鮮だったからと言うのは少なからずの理由だが、たいていの事なら鬱陶しくなるという程のことは無い。
ではどこでそうなるか?

相手側からすれば同じ事をしているわけであるから変化しているのではない。
しかし、この変化していない点がすでに諸悪の根源となってしまう。
ずっと同じ目線で見ているようであって人は常にその感情の捉え方や表現の仕方が変化する。
それは例外もあるが、ほとんどは僅かづつでもレベルアップしていく。
すると今までの目線より必然的に上になっていくと言う結果となる。
そのレベルアップの歩幅がお互いにまったく同じと言うわけには行かないのは致し方ないだろう。

つまりはレベルの低いと感じる事がいつまでも続く事には嫌悪を示し始めると言う事になる。

この傾向は男と女では少し違ってくる。
男は女の少々のレベルの低さは可愛く感じる。
事にもよるが、男のレベルの低さは女から見れば『尊敬』を剥奪されてしまう事態に至ることが多いのではないか。

つまり男は常に女より上のレベルにいないといけないと言う結論になる。
但し、ここで言うレベルとは頭がいいとか仕事ができるとか言うものではない。

人としての本質的なレベルである。

2009.07.10

慣れの意識

慣れとは怠慢を生む悪性がある。
相手側から見るとどうものさばっているような感じを受けるのだ。

恋愛の中でも慣れは多彩な表情を見せる。
それは親しみやすい素の顔であったり、厚かましい無遠慮な態度であったりする。
会話の言葉を例に取れば、ずっと敬語や丁寧語で話されても他人行儀な気がしてしまう。
逆に普段のプライベートな時の言葉遣いだと安心できたりする。
だからと言って常に乱暴で高圧的な言葉使いになってくると、いつから態度が変わってきたのかと相手側は余計な事にまで気をまわしてしまう。
本人に慣れの意識が薄れてしまうと、相手側から見て横柄に映る態度が自分では当たり前の事になってしまう怖さがあるのだ。

親しき仲にも礼儀ありというのは、このボーダーラインを越えるなと言う事に他ならない。
これは二人の間で決まることであり、お互いが同じラインを認識していないと食い違いによる不満を生む。
しかしその一つ一つを事あるごとに確認するような事はまずないだろうし必要も無い。必要なのはあうんの呼吸と言うやつである。

それは常にお互いの気持ちを感じることに通じる。

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