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januar 2009 posts

2009.01.20

寄りかかると言うこと

人は誰しも一人で生きて行くことはできない。
どこかで誰かに関わるはずだからだ。
その中に恋愛と言うカテゴリーがあり、そこでは異性と関わると言う定めなのであろう。

恋愛は自分の不安や癒しを相手に求める。
そして自分も相手の不安や癒しの求めに応えてあげなければいけない。
自分ばかり求めていては自己中ではないか。

求めると言う事は相手に寄りかかると言う表現に言い換えれる。
ここで間違いがちなのが「寄りかかる」ことは「依存する」ことと混同してしまう事である。
恋愛のカテゴリーの中では微妙にニュアンスが違う事に気付いて欲しい。

依存する事は応える事ができないと言う事なのである。

寄りかかるが過ぎると依存になると言えばわかり易いかも知れない。
寄りかかり過ぎると相手は負担になる、なぜなら応えるのにそれ相応の器が必要になるからだ。
負担に感じると応えきれない無念の思いと苦しさから相手は去ってしまう。

そしてもう一つ。
寄りかかり過ぎると言う言葉の別の意味は、寄りかかる相手が一人ではなく複数に及ぶ事だ。
複数になれば相手への寄りかかり方が中途半端になってしまう。
それは必ず相手に伝わってしまうものなのである。

そうすると今度は相手が自分への信頼はその程度のものなのかと疑心暗儀に陥る。
この場合もやはり相手は残念と言う落胆の思いと共に去っていくと思う。

この二通りの受け取り方のどちらであっても結果は一つとなる可能性は高い。
それを理解してもまだ寄りかかり過ぎると言う選択をしますか?

2009.01.16

メリット

女の人の口からよく出てくるのが『付き合って私にメリットがあるの?』という言葉。
このメリットと言うのは平たく言えば「得」と言う意味になる。

恋愛に損得が存在するかどうか。

好きだと言う感情に損得は絡まない。
付き合って何のメリットがあるのと言う時点で、好きだと言う感情はないと考えるのが順序であり、好きなんだけどメリットが無いと言う思考は男には考えられない事である。

具体的にメリットとは何なのかとなると金品や地位と言うならば感情とは一致しないから論外である。
そういうことを頭に入れた結婚なら別だろうが、それは恋愛ではない。

そうなると男にしても女にしても、お互いに付き合って行く中で共有している時間を楽しく過ごせる事に喜びや幸せを感じる事そのものがメリットであると思う。
例え自分の想像と違った部分を見つけても、それが人を知ることであり自分の成長の糧にする事もできる。
或いは自分の良い所悪い所が相手を成長させる。

恋愛のメリットとはそういう点にあるのだとすれば、付き合っていくことにすでにメリットが生まれているということである。
自分にとって良いことが目に見える物欲的な物ではないから気付きにくいのである。
そして感情とはそう言った事をすべて無視して生まれ起こってくる。

結論的に言えば、付き合ってメリットがあるのかと考えた時点で相手に対する感情は燃え上がるようなものではないと言うことになる。

恋は純粋にその気持ちを持てることがメリットである。

2009.01.13

不成立の原点

好きになるという感情だけを取り上げると、何が条件となるか。
おそらくはその相手の人間性が最優先だと思う。

条件はそこから先に進むかどうかだけの選択肢でしかない。

好きになってしまった相手に莫大な借金があったなら、その先の付き合いに不安が出来る。
それが無理で別れるならば、感情とは別の要因であるから好きな感情はそのままであるはず。

好きでもない相手に言い寄られてうんざりしていたのに相手が大金持ちだった事がわかったら、そこで付き合う気になるのならばそれは感情が変わったと言えるだろうか?
いやそれは条件のみで動いたとしか思えない。

条件が先の場合も同じである。
誰がどう見ても屈指の美女でスタイルもいい女がいても、いざ話してみるとヒステリックで下品で自己中心の塊のような最低な性格の女だとわかれば敬遠してしまう。
つまり好きと言う感情は消える、あるいは湧いてこないだろう。

そういった事から考えると、好きと言う感情はその相手の人間性に左右される事になる。
そしてその人間性と言うものの中で自分がどの部分を重要視するかによって、相手との相性が決まって行く。
相手が良い人間であっても自分が重要視する部分が奏でていなかったら、物足りないと言うことで最終選考から外されてしまうのである。

それは自分自身も相手からそう言う見極めをされているということに他ならない。

好きになって好かれても、恋が成立しないという事が起こりうる原点である。

コピー

心の広さは相手を安心させてやる事ができる。
その広さと言うのは単位で表せない。
相手にこれくらいだと見せる事もない、それは受け手側が感じる大きさなのだと思う。

安心すれば相手は心を開く。
その開き具合から逆に自分の心の広さが量れる。

相手の気持ちを知るには相手が話さなければわかりづらい。
相手が話す為には自分がその域に達していなければならないということだ。

心の広さは自然には備わらないだろう。
気持ちをわかろうと紆余屈折してきたものだけが得る事ができる。

何もしないで一流のアスリートになれることはまず無い。
先ずは自分が努力していない事に気づく事から始まる。
出来る人はなぜ出来るのか、そこを考えて真似てみる。努力や苦労を真似てみないと意味がない。
うわべを真似てもそれは単なるコピーでしかない。
紙幣や金券をコピーしてもそれは価値が無いし使えないのだ。

人も同じである。

自由の制限

自由と言う言葉の範囲は非常に難しく思う。

恋愛は自由だと言えば何がどう自由なのかと問われる。
誰を好きになろうと自由だと言うと、立場によってその後の行動が制限される。

どう付き合おうが自由だとか自分の恋愛主義だと豪語しても、相手に或いは周りの人を不快に巻き込むとそれは認められない。

ただ好きになること自体は自由なのだと思う。
想いを胸に秘めて他に悪影響を及ぼさない恋に何の文句もつけようがない。

恋愛が自由なのではなく、恋が自由なのだ。

不要なもの

虚栄心とは自分のしてきた事や地位を認めて欲しいから、相手に対してその事を暗に自慢しようとする気持ちが見える。
自分を誇りに思う事は素晴らしい事だが、それを言動に表してしまうと見栄を張りたいが故の行動になってしまう。
話していて自分は自分はと主張ばかりする人はおそらくそうであろう。

虚勢とは自分を実力以上に見せようとする事である。
おそらく本人は自分の実力を知っていてそれが相手より劣っていると、負けている事に我慢が出来ないのだろう。
しかし実力が上の者はそれさえも見破れるであろうから逆に滑稽に映るに違いない。

虚栄心と虚勢。時と場合においてそれさえも必要な事もあり得るかも知れない。
しかし恋愛において男が女にそれを垣間見せると貧弱で心の小さな男にしか見られない。

恋愛において男に不要なもの、以上二つ。

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