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marts 2008 posts

2008.03.30

ガラスの砦

人間である限り本質的に弱いものである。
だから弱い部分を守る為に知識や経験で武装する。
弱いところが強くなったわけではない。
その中核に触れられる前に跳ね返す力を身に付けていく。

恋は感情の渦巻くガラスの砦である。
その中側が見えてるようでもガラス越しであることには違いない。
荒々しく踏み込めばヒビが入る。
注意深く優しく立ち入れば居心地のいい美しい場所であるはずだ。
弱い砦であるからこそ招き入れる者も選ばれる。

恋愛をしている人にとって、お互いがそのガラスの砦に居ることを知っていれば慎重に優しく考えながら行動できるに違いないだろう。

2008.03.28

言葉の表情

相手に気遣い、持って回った話し方をすれば、相手にその気遣いを感づかれると「遠慮」と受け取られる。
なぜ遠慮が必要なのかと言う点で不満に発展する事もありうる。
逆にストレートに物を言った時、その優しさの本意を感じてもらえなければ怒りが返ってくる。
どちらも悪意はなく、むしろ心から相手の事を思っての発言であっても言葉やその組み立てによっては逆の効果を生む。

ただ単に何かの出来事を話すだけならともかく、気持ちの伝え方というのはそれほどに難しい。
おそらく相手の性格や長所短所を知り、信頼がなければ同じ言葉を使っても伝わり方は異なってくるのだろう。
誤解を怖がれば中途半端な伝え方しか出来なくなる。
しかしそれでは、さらなる誤解を生むこともある。

言葉には表情がある。
きつい言い方を用いてもその内面にある表情が優しければ優しく受け取れる、柔らかい言い方であっても内側が能面のような表情であれば冷たく感じる。

それは使う側の心の表情であり、言葉はその表面を包む包装紙である。

2008.03.24

心の立ち位置

相手を見る角度に自分の心が表れる。
もちろん、この場合の見るというのは目で見ると言うことではない。

横から見ている場合は一歩下がって第三者的に見ている。
これはまだ観察的な見方である。
しかし冷静な判断を持っているともいえる。
後ろから見ている場合、相手の気持ちが読めず追いかけているような状態だろう。
周りが見えないのはおそらくこの位置から見ている場合だ。
上から見ているなどは支配的な要素があって恋にはあらずだ。
下からと言うのも同様、自分を卑下した状態は恋ではない。
上下と言うのは立場が強い弱いとは別物だからである。

横、後ろ、上下いずれも相手の目は真っ直ぐに見れない。
相手に正面から向き合うと言うことは同じ高さで相手の心に対して向き合う事である。
これが難しいのは自分の心も相手から見られる状態になることにある。

相手が向き合おうとした時にこちらが横を向いてしまえば、相手からすれば横からの視線でしか見れない。
先ほどの解釈で言えば、一歩下がらざるを得ない。

すなわち自分の心をさらさず相手だけを見ようとする事に無理がある。
正面からお互いが向き合える事は恋の必須条件である。

2008.03.21

仕切り直し

待ったをかけてもう一度元に戻ってやり直すことが仕切り直しである。

恋愛の途上で、取り返したい言動やすれ違いを反省して改める事はできるが、それはそこからの再スタートであって元の位置に戻って出直すわけではない。
何故かと言うと、そういう事が起こる度に元に戻ってもいい事を認めてしまえば、それが間違った安心感を生み出すかも知れないからである。

表現は悪いが、前科を背負っての再スタートとなる。
新たに歩き出してから普段の付き合いの中でその前科を問うことはない。が、同じような過ちを犯すと再びクローズアップされる。
起こってしまったことの事実は許されたとしても消え去ることはないからである。

恋愛で仕切り直すということは記憶が消えない以上は不可能だということになる。
であるから些細なことであっても、それは累積されていることを心に留めておく事が再犯の防止となる。

その位置から再スタート出来ると言う事は、そこまでの道を一から辿らなくてもいいという風に考えればひとつの免除である。

仕切り直すなどと言う都合のいい言葉を持ち出す必要はない。

2008.03.19

別の可能性

未来が見えない恋愛だからやめようと考える女の人が多い気がするというコメントを頂いた。
ここでも何度か書いたが、その根底には未来を結婚とする気持ちがあると窺える。
恋愛に深く入り込むより先に未来を考えることに真相がある。
その未来への可能性の数字は自分ではじき出す。

この人と恋愛すればほとんど可能性はない、この人は60%の可能性があると考えた場合、選択されるのは60%の方になる。
こうなると選ばれなかった側からすると納得がいかない。
何故なら、選択から外された理由は可能性の数字であるからだ。
自分自身の価値は意味を持たないのかと感じてしまうものである。

60%の可能性と言うのは40%の不可能を意味する。
女は恋愛中にこの40%を減らしていけるという希望を持つ。
しかし逆に可能性の方が20%、10%と減るかもしれないという方には目を瞑る。
今現在の数字に魅力を感じるというなら外見に飛びつく心理と変わらないように思うのは男独特の解釈だろうか。
もちろん可能性の数字のみで判断しているのではないことは百も承知である。

しかし、たとえ可能性がない相手と恋愛しても、そのことによって自分が成長できる相手であれば、成長した自分を自分が望む未来に連れて行ってくれる人が現れる別の可能性が増えることもあるのである。

本当に恋愛の相手を選ぶ基準はその相手の持つ可能性より、与えてくれる可能性なのだと思う。

2008.03.17

勇気と無謀

人の表面的な行為や言葉の裏側を見極めることは簡単ではない。
それは、こうに違いないと言う推測や憶測であり、確信がもてないからだ。
それを判断するものに過去の行動や前科というものを持ち出すこともあるかも知れない。
それでもまだ確信できたということにはならない。

裏を探るという行為は用心深いという意味では充分に必要な事であると思う。
しかしそれが過ぎると得てして臆病になる。
裏の裏、そこまで探っていくとさらに際限なく続いていく。
表面や外面を簡単には鵜呑みにはしない用心さは大事なことだと思う。その真意を探ることは自分への防衛であっていい。
ただ、永遠の臆病であっては何も知ることはできない。

臆病を打ち破るには、どこかで確信めいたものを現実に確めてみようと決心しなければならない。
それが勇気と無謀の違いだろう。

2008.03.16

現在・過去・未来

恋する相手の過去にこだわる人も多い。
現代に至る過程がどうであれ、それが相手の真実なのであれば知ったとしても何もこだわる必要は無い。

過去にこだわらない人でも未来にこだわる人もいる。
未来は希望や予測の世界であるから不変とは言い切れない。
明日も未来であり、十年後も未来だ。
明日になれば、今日の事にこだわっていたことになる。
漠然と何年くらい先と言ってもその何年後かには同じ事が言える。
もちろん希望通りになっているかもしれない。
しかしそれを今現在こだわることはない。
違った相手と新たな希望を持ち、その希望が叶っているかもしれない。

未来はそうやって変わっていく。
希望そのものもそれまでの経過によって変わっている。
だから本当にこだわりたいのは現在である。
現在が漠然としていれば未来もぼやけてしまう。

希望は持ちつつ現在を受け入れることは逆に未来をはっきり意識させることでもある。

2008.03.15

区切れない心

朝と夜は交互にやってくる。
地球の自転と公転のからくりによってなせる技だが、これは朝、昼、夜と画面が切り替わるわけではない。
時間の流れは継続して繋がっている。

人は時間を早める事も止める事も出来ない。
眠りについて明日になれば、或いは時が過ぎればと思ってみても実際にはその区切りは自分で線を引くようなわけには行かない。
眠ってみても、静かに時の過ぎるのを待っていても、心の動きは時と同じように途切れることなく流れている。
悲しみや悔しさの感情はそれこそ即座に消し去ることなど出来ない。

継続している時と感情の中で、どうやって区切りをつけるのか。
朝が来て昼になり、また夜が来ても全く同じ景色は無い。
過去と同じ朝を見ようとしてもそれはあり得ない。
夜のとばりも似て異なるものだ。

ならば違う景色をゆっくり眺めてみよう、時間をゆっくり受け入れてみよう。
区切りは無くともやがてぼんやりと境界線を越えれるはずである。

2008.03.13

回避能力

人には人を好きになる感情を避けたり調整したりするスイッチはない。

ひと目惚れというのは相手の外見がほとんどの割合を占めるから、話してみて感情が冷めることはある。
逆にひと目惚れでなく、話していくうちに湧いてくる好感は上昇に向かう。
この状況になると、冷静に第三者から見て欠点だと思えるところも本人にはそういう風には感じられない。
上昇している好意の感情がそれを上回るからだ。

この時点で色んなしがらみや環境を考えた時に、これ以上に感情をヒートアップさせる事が先に辛い結果になるとわかれば、感情をコントロールできれば楽かもしれない。
しかしコントロールすなわち調節と言う事がありえないのだ。

うまくコントロールしているように見える場合も本人にしてみればすごく無理して押さえ込んでいるに過ぎないはずである。
この無理矢理に押さえ込んでいる留め金は時として感情の勢いに弾き飛ばされる。
男と女、こうなれば同じなのだろうが、その違いはおそらく好意が上昇してからコントロールに四苦八苦する男と、上昇前に押さえ込もうとする女。
そしてコントロールできないと思えば断ち切る女と、その勇気を持ち合わせていない男。

オンオフのスイッチが無い限り、女の回避能力がいかに優れているかと言うことだろう。

2008.03.11

砂漠からの脱出

道を歩くと言うことはそれが道である事を前提にして歩いている。
たとえ整備されてないあぜ道であっても道には違いない。
そしてそれは殆どが作られたものである。

街の中にしても周りに何かしらの景色がある。
山の中であっても、川もあり木や草もある。
何かがあれば進む方向は探りやすい。

広大な砂漠には周りに何もない。
見渡す限り永遠の砂以外には見える物が無い。

恋愛の迷いや絶望感はこのようなものだろう。
どこにどう進んでいいかも見当がつかない。

周りに何もないということは距離感のみならず、時間の感覚までも失ってしまうのだろう。
すがるものが欲しくなる時、蜃気楼が見えればそこへ向かう、しかしたどり着く事はない。

この状態にある時、進む先をふらふらと変えて歩いていては砂漠からは抜け出せない。

どの方向でもいい、こちらと決めたらその方向に向かって真っ直ぐにわき目も振らずに進むことだ。
どの位置にいたとしてもいつか必ず切れ目にたどり着く。
運がよければ早く、運が悪くとも進む限りは抜け出せる。

抜け出すまでの飢えや渇きは、その強硬な意志が和らげてくれるに違いない。

2008.03.06

情熱の戦士

例え99%勝てない試合でも真剣に必死にぶつかれば1%の活路は開けるかもしれない。
もしそれで負けたところで相手にはその情熱は伝わる。
先にあきらめてしまって適当に戦ってもそれさえも伝わるものである。

もちろん恋愛の例えなのだが、ここで重要なのは確率ではなく情熱を伝えられる戦い方をするかどうかである。
恋愛では相手を倒したり、得点を競って勝利するのが目的ではなく、心を捉えることが試合となる。
おそらくそれは自分の気持ちとの戦いになっていく。

情熱の伝え方を間違えればともすればストーカーまがいになってしまう事もあるわけだから簡単なことではない。
如何にして心を伝えて尚且つ控えるか、それが自分と戦う部分となる。

そして、情熱をわかってくれる相手である事も大切だが、わかってもらうためには最初の戦い方がすべてを決するはずである。

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