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marts 2007 posts

2007.03.31

食わず嫌い

食わず嫌いというのは少なからず誰にでもあるのでは、と思う。
それは姿形であったり、臭いがイヤだと言った様々な理由がある。
全く理由が無いものはないだろう。
一度食べてみれば気に入るから、と言われても、口にするまでに至らないのである。

人との付き合いでも同じように生理的にダメだという相手がいる。
少ししゃべってみてやっぱりダメだと言う場合もある。
たいていの場合は相手も同じように感じていると思う。
先入観と言うより天性の第六感とでも言うものが働く。
おそらく、こう言う相性の二人が恋愛関係になるにはとても程遠い。
しかし、食わず嫌いなのだからどうってこともないかもしれない。
最初から味も知らない、手もつけないのだから。

好きだったものが嫌いになる事の方が悲しい事だと思う。
せっかく美味しく食べていたものが美味しいと感じなくなるとすれば、味を知ってしまっている分だけ不幸ではないだろうか。

恋愛に関しては食わず嫌いの方がいいのかもしれない。

2007.03.27

ご都合結果論

何かに失敗したとしよう。
どこの世界でもそうだが、そのことについてこうすれば良かったのに何故そうしなかったのか、こうしておけば回避できたのにとくどくどと言ってくる人間がいる。
そんなことは大抵は本人もわかっている。
そういう人は、助言はいいが、過ぎると逆効果であることに気付かない。
結果を見た後では何でも言える。
それが出来なかったから失敗したのである。
別の行動を取っていても、違った結果が良いとも限らない。
その場合もこうすればよかったと言うのは簡単である。
悪い結果だけを避けて言えばいいからである。

恋愛にもこんな場面はいくらでもある。
しかしすべてが満点の行動や言動を取る事などありえない。
その事を責めるのではなく、一緒に残念がるくらいの余裕があってもいい。

喜怒哀楽を共有するというのはそんなことじゃないだろうか。
もちろん反省は大事な事だ。

2007.03.19

満腹の手前

腹八分目というのがなかなか出来ない。
わかっていながらつい満腹になるまで食べたり飲んだりしてしまう。
もう少し欲しいなと思ううちはやっぱりもう少し欲しいのだ。
後でちょっと反省する。

恋愛も同じで、満腹だと感じきっていないと不安なのかもしれない。
まだまだ満腹じゃないのに、と言う欲がある。
ほどほどの満腹であればいいのだが、本当に満タンになってしまうと動くのも嫌になる。
消化するのに目一杯で思考力の方に血が廻らない。
当然、微細な事などに気が行くはずも無い。
満足が安心を呼び、つい気が緩んでしまう。
また気を引き締め直せる人はいいのだが、ぬるま湯に浸ってしまうとこれが危ない。
ぬるま湯は居心地がいいので抜け出せなくなってしまう。
やはり腹八分目でいきたい。

2007.03.14

表現単位

長さの単位はセンチ、メートルで習ってきた。
100センチで1メートル、実にわかりやすい。
ところが他にも使われている単位はたくさんある。
フィートもそうだし、ゴルフではヤードで表わされる。
メートルに直して考えてしまうと小数点が出るのですっきりしない。
何尺とか何軒にしても慣れ親しんでないのでわかり辛い。
どうしても自分の知識や習慣を基準にしてしまうからだ。

恋愛でも同じようについ尺度を決めてかかる。
根本的には双方とも同じ事を言っているのに、表現する尺度が違うと全く違う事のように食い違ってしまう。
よくよく考えれば同じじゃないかという事もありうるわけである。
相手がどんな尺度で物をみているのかを知る事も大事である。
自分の使い易い尺度だけでごり押しすると、それは微妙にズレを生むことになる。

人の心は、きっちり何センチとか何メートル、とか切り良く測れない。
何でこんなにコンマの後に数字続くんだ、と思っていらついてたら相手はフィートで伝えてた、という事もあるのじゃないだろうか。

2007.03.13

誉め殺し

誉めるというのは重要な事だ。
一種のおべんちゃらであっても、言い方ひとつで気分を良くさせてくれる。
ただ漠然と可愛いとか綺麗とか言っても悪いわけではないが、そう言わしめる人は言われ慣れてるんじゃないかとも思う。
ピンポイントで誉める事もいい。
手であっても目であっても。
誰もが気付くと思われるところは敢えて避けてしまおう。
みんなと同じじゃ相手も特に感動は無い。
あまり言われ慣れてないところだと、えっと思う。
それが本人のあまり好きでない所であっても、逆に嬉しいかもしれないじゃないか。
誉める事によってコンプレックスを自信に変えることもある。

やはり誉め方って大事ですよね。
でもあまりにマニアックな部分はだめですね。
そんなところいつ見たんだ!となるよ。

2007.03.10

カラスに学ぶ

某CMで見たことがあると思うが、カラスは自分の力では割れない木の実や硬い殻を車道に置いて、それを車に轢かせて割って中の実を食べる。
すごい知恵である。
人間の作った車というものが重くて力のあるものだという事をどうやって知り得たのか。
おそらくは偶然何かを踏みつけるのを見ていたのだと思うが、その頭の良さには恐れ入る。

恋愛に於いて、人は何かの力を借りて介添えしてもらうことがある。
今の時代では無いかもしれないが、誰かを介して思いを伝えると言うのもそうだし、コンパや紹介と言うのもそれにあたる。
昔の交換日記、今ではメールがそのアイテムとなる。
それはしかし、先のCMで言えば木も実を道に置いただけにすぎない。
中の実を取り出して食べるのは自分であって、誰も食べさせてはくれない。

最終的な武器は自分の言葉である。
言葉で自分の感情や想いを伝える事が出来るのはカラスでもまねは出来ないだろう。

2007.03.06

使用上の注意

本人が気付いてなくても、意図するところが相手に見えてしまえばそれは逆効果になる事がある。
オブラートに包んだ言い方で和らげて言ったものなら、気遣いだなと受け取れる。
ところが、これを言いたいんだけど相手の反応を見てみたいから遠まわしに言ってみようとすると駆け引きになる。
この駆け引きと言うのは両刃の剣であって、隠したい意図を悟られてしまうと自分が怪我をする。
駆け引きしてきたなと思えるようなものは、駆け引きしてる事をわからせてそれに乗って乗られて遊んでいるのであって、あくまで遊びだからいい。
そうではなく、本音を知られたくない場合に下手に使うと滑稽に映るだけなのである。

例えば、どこかに遊びに行こうと男性が女性を誘うとする。
テーマパークでも遠方の観光地でも何でもいいのだが、それにはかなりな出費になるとしよう。
本音は男性に費用は持つからと言ってもらいたい、でもあからさまには言いたくない。
そこで「私、行きたいけどそんなにお金無いしなあ」と言う。
これで通用する相手なら問題は無い。
うそでもなんでもないのだから。
そんなのは心配しなくても僕が出すよ、で解決だ。
ところが、先ほどの本音を読める相手だったら。
そんな駆け引き的な言い方でこっちの反応を試してるのか、となる。
ならば「私お金無いから出してよねーっ」と言われる方がスッキリするのだ。

駆け引きという道具は相手を見極めて使わないと、生兵法は自分を嫌な女(男)にしてしまうはめになる。
本音が同じであっても結果は違ってくるのだね。

2007.03.01

ブレーキング

恋もずっと全開で走り続けてはいない。
カーブではスピードダウンし、信号が赤であれば一時停止する。
車のテールランプはブレーキを踏むと点灯する。
後ろの車への合図である。

恋愛中も常に横に並んで走ってばかりはいられない。
道幅の狭い所ではどちらかが前を行くことになる。
もちろん見失わないように付いて走るわけだが、くっつきすぎるとブレーキの合図に対処できないこともある。
運転の時には自然に身についているこの一連の動作と判断は、こと恋愛となると気付きにくい。
なぜならブレーキングのランプのように視覚で確認できるような物ではないからである。
しかし運転も熟練してくると、前の車の僅かな動きで曲がりたいのだろうとか、車線を変更してきそうだとかいう読みが身についてくる。
恋愛でもこれができたら事故は回避できる。
慎重すぎるのも考え物だが、注意して走るに越した事は無い。

居眠り運転などもってのほかだ。

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