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januar 2007 posts

2007.01.29

点と線

相手を想う気持ちと言うものを一本の線で表してみる。
貴方からの想いが相手に向かって線となって延びていく。
その線は実は点で出来ている。
よく相手に求める条件や理想などを聞かれると、優しければいい等と言いながらもあれもこれもと出てくるものである。
そのあれやこれやを点にして密着させて繋げていくと線になる。
例えばスタイルひとつ取っても、細い方がいいやら太いほうが好みだとか、このくらいがベストだがここまでなら許せるとかによってもひとつの「点」が存在する。
或いはどんなスタイルでも全く気にしないと言う場合であっても合否の合という意味で「点」が打たれている。
仮に点の色を黒色だとすれば、もしここはちょっとと思うところがあれば薄い黒色になり、「否」に近くなるほどグレーになり白になる。
白やグレーだらけだときれいな線にならない。
虫食い状態のガタガタな線となってしまう。

最初の想いはおそらくきれいな真っ直ぐな線であろうと想う。
すべてが良く見えるからそれは当然である。
相手を知るごとに薄れていく点が出てくればそれは崩れていく。
線は点でできているならば、点が崩れていくと線は線でなくなってしまう。
線である状態を維持していくのは難しい事なのだろうか。

2007.01.22

テリトリーの扱い

誰しもテリトリーというものを持っている。
これは恋愛に限らないが、この条件なら、或いはこの場面なら強いぞという領域がある。
その条件やら注文がこと細かくない方がもろんテリトリーが広いと言うことになる。
陸上で無敵であっても、水中ではそのテリトリーで生活するものには遠く及ばない。
また、昼間に活動するものは夜の闇のなかでは動きが鈍る。

恋愛にもそういった得意不得意な分野が出てくる。
しかし得意な分野であってもセオリー通りに事は運ばない。
弱肉強食の世界と違って、条件が揃っていても相手を倒すのが目的ではないからだ。
そこには意のままに任せない「人」の気持ちが存在する。
相手がテリトリーを持っているならなおさらの事である。

自分の要求や欲求だけを持って恋愛に臨むなら、その殆どが崩壊してしまうだろう。
恋愛は自己の要求や欲求を満たすためではなく、満たしてあげたいという気持ちになれなければ続かない。

2007.01.15

共有の意味するもの

谷あいに架かる心細い揺らぐ橋を二人で渡ると恋が芽生えるという。
勿論、いきなり恋人になるというわけではない。
これは不安や恐怖を共有し、それを乗り越えた安堵感も一緒に感じられたから一種の一体感が生まれるのだろう。

恋愛にも不安や心配事がある。
それを話し、ぶつけ合い、怒ったり笑ったり、そうやって共有する事が大事なんだと思う。
一方が不安なままの状態が延々と続けばやがて不安なまま終わってしまう。
さらに言えば、安心だからといってただ漠然と過ごせばそれに慣れてしまって、共有と言う感覚は薄れてしまう。
不安も心配もあって当然、それを二人が同じ感情で対峙することに意味がある。

手探りででも一緒に進んでいけば絆が出来るのだとすれば、不満も不安も何もないことは返って危険なのかもしれない。

2007.01.10

感覚

美形と言うのは流行もあるものなんだろうか。
はるか昔には下膨れのおてもやんの様な顔が美人とされた時代もあった。
体型にしてもずどんとした肥えたのが良いと思われた時もある。
世界に目を向ければ、首が長いのが美人とか、唇が大きいのものが美しいと言うのもある。
感覚は流行とは違うと思うのだがどうなんだろうか。
今の格好いいスタイルなどは、時と所が違えばグネグネうねった不細工な格好と見られるわけである。
不思議なものだ。
細かく言えば、人によって好みが違うのもその一種か。
外見なんてそんなものなんだろう。

反して、内面には流行りはない。
いつの時代でも場所でも、好まれる要素や条件は大差ない。
むしろどれを重視するかだけの順序の違いだけで、列挙されるものはいつも同じだ。
恋の相手選びの本来の姿であるに違いない。
それでも男は外見の好みにこだわる場合が多い。
これも分析不可だ。

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