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november 2006 posts

2006.11.30

友人以上恋人未満

いっときの燃え上がる炎のような恋しさはないけれども、ずっと好きでいられる相手がいますか。
会いたくて、声が聞きたくて、一緒の時間を過ごしたくて仕方が無かったほど好きな相手。
情熱が冷めたのではなく、願いが叶わぬ時間をずっと乗り越えていくと、その時には理解できなかった穏やかな恋心が残る。
気持ちが冷めたり、消えてしまうわけでもなく、それどころか時には情熱の火がポッと燃え上がる事さえある。
それでも心は乱れないでいられる。
それはその時間の流れの間もずっと好きでいられたら生まれる状況かもしれない。
そして恋焦がれた相手であって、恋愛として付き合ったことも無く、いつでも友人として話せる状態にある事が条件であるように思うのだがいかがか。

友人以上恋人未満とはこういう状態に限定されるように感じる。
当時は片想いの辛さが先にたつだろうが、このような関係になりえた時、そう思える相手がいることは幸せなのだと思う。

2006.11.25

真の力

北風と太陽の話を御存知だろうか?
北風と太陽がある旅人のコートを脱がす事が出来るのはどちらかを競う話です。
北風は自信満々ですごい勢いの風を起こし、旅人に吹き付けます。
しかし旅人はコートを飛ばされないようにしっかり押さえてガードしてしまいます。
さらに強い風を力任せに吹き付けましたが、結果は同じことでした。
そして今度は太陽はいつものように燦々と照らし出しました。
旅人はコートを押さえる手を緩めます。
なおいっそう照らし続けると、暑くて堪らなくなった旅人はついにコートを脱いでしまいます。

この話を恋愛に置き換えると、コートは人の心の扉でしょう。
扉を力ずくでこじ開けようとすると、開けられまいとしてより一層閉ざしてしまう。
しかし傍で根気よく相手の心を照らし続ければ、力など使うこともなく自ら扉を開いてくれます。
扉を開けようとするのは相手側であっても、実際に開けるか否かを決めるのは本人の意思である事に変わりは無いのですね。
嫌われ者にしてしまった北風には申し訳ないが、ここはやはり太陽でありたいものですね。

2006.11.19

凶器か媚薬か

恋の駆け引きとはよく使われる言葉ですね。
駆け引きにも色んな種類のものがあります。
相手を落とすためだけのテクニックを混同してしまいがちですが、それは正確には恋の駆け引きとは言わない
でしょう。
恋に持ち込む駆け引きと言うなら間違いではないかもしれませんが。

恋愛している二人の間での駆け引きを表して恋の駆け引きと呼ばせてもらうならば、落とすためではなく、恋の感情をより高めるために使われるものなのでしょう。
女の人は駆け引きと言う言葉を好まない事が多いですね。
なんとなく言葉の響きから相手を試すとか丸め込むと言うような印象を受けてしまうからでしょう。
でもそういうものばかりじゃあないのです。
使う側の意図によるのでしょう。
口紅でも背後から背中に突きつければ銃口を押し当てたように勘違いさせる事も出来ます。
心理的な駆け引きとはそういう悪意のあるものではなく、それによって相手の気持ちが高揚するものでなければならないのです。
間違った使い方は怪我の元ですね。

2006.11.14

競争と失格

競馬で斜行すると進路妨害で失格になる事がある。
他の馬の走行を妨害する事になった場合がそれだ。
当然ながら競争社会にもルールがあるわけである。
自由な競争でもしかり、きちんと暗黙のルールがあると言う事だ。
前述の競馬でも相手を妨害してやろうとして斜行したわけではなく、優勝を目指して前に前に意識があっただけのことだ。
しかし、それでも尚且つ周りを見ていないといけなかったのだ。

恋のルールもたくさんある。
自由と言ってもそれはそれなりの規制もあるわけである。
競って勝つのはいいが、それが妨害になってしまっては意識的にしたわけでなくても失格になってしまう。
ルールを破って相手を蹴落としてもそれは本当の力ではない、その上恨みを買うような事になってしまっては元も子も無くなる。
気を付けないと因果応報と言うこともあるのだ。

2006.11.10

自信の種類

恋してる人達なのに、どうしてみんな自信が無いと言うのだろう。
好きだと言葉にしてもらっていてさえ、その恋に自信が無いと。
相手が見えないのだろうか。
それなら自信より先に信頼だろうけど。
信頼して裏切られたら、と考えるのかもしれない。
しかし恋が必ず実るとは限らないものだと言うのはみんな知っている。
だから不安が先に立つのかな。
実るって何だろうね。
何を求めているのか今一度考えてみるべきじゃないかな。

今、恋が進行中ならそれでいいのではなかろうか。
自分に自信が無いと言うのは言い訳にも聞こえますよ。
なぜなら、そんな自分を好きでいてくれていることを信じきれないだけなのだから。

恋の自信は「この数学の問題を解く自信がある」と言うような自信とは種類が違います。
「自信」を勘違いしてませんか。

2006.11.05

負担

片方の腕が痛くなったら、もう片方を多く使って負担を軽減しようとする。
脚の場合でもそうだし、目の調子が悪い時でも無意識にそうしている。
そうすると逆に、もう片方には負担がかかることになる。

恋愛に言い換えると、自分の調子や生活リズムが悪い時に、相手には負担を掛けたくないと思う。
だから何も言わない場合がよくある。
相手を気遣うのである。
しかしいつもの調子でない事に相手も気付く。
相手が気付かないという場合は、相当な気力で普段通りの挙動ができるか、相手が鈍感な場合である。
気付かれて打ち明けた時、相手はおそらく何故すぐに言ってくれなかったのかと残念がるだろう。
それは自分にだけは頼って欲しかった、自分は無力だと思われているのかという残念さである。
同時に無力ながらも何かしてやりたかったと思うはず。

言わなかった側は隠したわけではない。
それを伝えることによって負担を掛ける事を避けたかったのだ。
そのどちらも相手を思いやるという気持ちが根底にある。
どちらが正しくてどちらが間違いというものではない。

つまり恋愛している二人には、一つの事象に対して二つの立場の心理が発生する。
その一つを選択すれば、残る一つは淘汰される。
二つを同時に成立させる事は出来ない。
だからどちらを選択してもそれは認めるべきなのだ。
自分中心的な判断を下したわけではないのだから。

2006.11.02

会えない特典

常にそばに居たい、毎日でも会いたい。
恋愛をしている人にとっては当然な気持ちである。

女性には特殊な能力があって、本当に一緒に居るだけで満足感、幸福感が得られるようである。
男は満足できないと言うわけではない、がしかし言葉も交わさずにじっと一緒にいるだけで得られる安心感には男女間で違いがある。
男はそうやって自分に寄りかかってくれる事に安堵感を覚え、女は受け止めてくれる事で安らぎを感じる。
しかしいつも一緒に居ると言うことは話題に進展が無い。
お互いの傍を離れていないのだからそうなってしまう。
お互いに相手の知らない事を話題にするにもしようがない。

ずっと一緒に居られる事が出来ないから不安や疑念や心配事が出てくる。
不安、それは相手が見えないと余計に増すものである。
疑念、見えないのだから自分の想像が悪いほうへと傾くと起こる。
心配事も同じく見えない所で起こりうることを勝手に想像して自分自身で作り上げしまう。
ずっと一緒に居る事が出来ないから居たいと願うのであって、それが出来れば必ずマンネリや退屈も生まれ、いざかいも起こる。
ずっと一緒に居たいと言うのは思い描く望みであるうちが一番いい。
叶わぬからずっとそう思い続けられる。

寂しい、会いたい、今度会うときはこんな服装で行こう、こんな事を話して驚かしてみよう。
こういう思いをめぐらす事が出来るのは、常に一緒に居られないことの特典だと考えてはいかがか。

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