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maj 2006 posts

2006.05.31

経験に無駄は無し

自分がやってきた事に無駄な事など本当はなにもない。
全て意味があるはずだ。
ただそれに気付かないとせっかくの経験が活かせない。
だから「無駄だった」と勝手に解釈するだけの事である。
それは言い訳でもあり逃げでもある。
無駄にするかしないかは自分次第だろう。

恋愛でもそれは同じだ。
失敗なのではなく、自分と合わない人を発見することが出来た、すなわちこういう人は自分に合わないという事を
見つけたのである。
そしてうまくいかなかったターニングポイントも知り得た。
だから無駄ではなかったはずなのだ。
それを無駄だとしてしまうなら次の恋も同じことを繰り返してしまう。
無駄か無駄でないかは本人の意識の問題である。

2006.05.30

無意識の逃避

どんな事であっても自分が直接に確認して断を下すべきである。
結論が先になったが、それほどに人に左右される事が多いし、またそれは危険な事でもあるからである。

恋愛に関しても同じだが、ただ恋愛の場合はまっすぐになりすぎるあまり真実が見えなくなることもある。
それでも自分の感じる事が一番真実に近いのだ。

では何故、周りからどう見てもおかしいという事を信じたり気付かなかったりするのだろうか。
おそらく霞がかかったようにぼんやりと気付いてはいるが、はっきりさせる事が怖いだけなのだと思う。
だから無意識のうちに消し去ってしまって、自分自身で真実を見ないようにしてしまっているふしがある。
直接に確認するといっても、それはズバリ言葉で回答を迫るということではなく、言動を読み取るということだ。
相手の気持ちを最も感じ取れるのは、付き合っている本人同士だということに他ならない。

2006.05.27

本能の違い

恋は楽しくあるべき、オレがずっと言い続けている事だ。
付き合っているうちに相手の中に発見もある、それは良いことも悪い事も含めてだ。
それが許容できる範囲である限り、楽しさにかき消される。
ずっと一緒にいたいと思うのは男も女も同じだ。
この恋に終わりが来るのか、と考えると不安になる。
では終わりが来ないというのは何か。

よくゴールに例えるように結婚ということにつなげてしまう。
しかし考えてほしい。
終わりが来る、という事は気持ちが離れるという事だ。(この際、複雑極まる事情のある特例を除いて。)
となれば、結婚したとしてもそれは同じだ。
紙一枚、法律で規約を作っただけに過ぎない。
まだ恋は続いているのだから、不安は付きまとう。
女は永遠に見えない不安とともに生きるのだろう。
男は永遠に歩き続ける。

しかし女には愛する人の子供を産むという本能がある。
ある意味そこが女の恋のゴールなのかも知れない。

2006.05.25

100万ピースのジグゾーパズル

ジグゾーパズルというのは、一つの絵や写真をたくさんの小片にバラバラにしものを元の状態に戻していく。
小片の中にはそれが無くても元の絵を認識するのに差し支えないものも多くある。
500ピースの中の4,50個が無くても絵はわかるだろう。
ただ、そこは無くてはならないだろうという一片もある。
人物の顔の一部などがそうである。
空や海などの背景が一個や二個無くてもどうでもよさそうなものだ。
しかし全部が埋まっていないとどうにも釈然としない。
人の心とはそんなものである。

恋に関しても、全部のかけらを埋めたがる。
恋する相手の事や気持ちはわかっていても、たった一つのかけらでも欠けていると落ち着かないのだ。
恋のジグゾーパズルは100万ピースくらいかな。

さて完成させる事ができますか。

2006.05.23

永遠の不安

付き合っているのにも、いつも一緒にいて楽しいのに、どこかに付きまとう不安。
その言葉で表せないような不安はどこから来るのか。

男は有頂天で良い事ばかりを単純に楽しめるから、あまり見えない不安を感じることはない。
女には特殊な冷却装置がある。
こんなに幸せでいいのだろうかとか、いつか終わるんじゃないかという思いがふと頭をよぎる。
たいていはすぐに打ち消すのだが、根底には必ず潜んでいる。
男はずっと楽しいはずなんだからいいじゃないか、何で今そんな事を考えるんだよ、と不思議に思う。
女は先がどうなるかを考える、もちろんわかるはずも無い。
わからないから不安が消え去らないのだ。
だから女は男には理解しがたい不安を常に抱えているのだろう。
幸せであればあるほどに不安もついてくるのだ。
男には手の打ちようも無い。

不安は女の持つ迷宮入りの本能だ。

2006.05.21

万能薬

癒しというのは何だろうか。

傷ついた心を癒したい、これは字のごとく傷という痛みから逃れたいわけである。
自然治癒が唯一の方法なのだが、即効薬があれば欲しい。
要するによりどころが欲しいとなると人にすがる。

もう一つは、心が傷ついているわけではないが癒されたい。
これはある種の寂しさであるから、その方法は人によって違ってくる。
音楽であったり、詩であったり、或いは自然の景色であったり。
感情を穏やかにさせるという意味での癒しだろう。
ただ難があるのは、ずっと音楽を聴き続けたり、詩を読み続けるわけにはいかない事である。

行き着くところは万能薬『恋』だ。
恋をすることは持続して心が癒されるはずなのである。
ある意味『麻薬』にもなるのでご注意を。

2006.05.12

欠点との付き合い

神様や仏様でも無い限り、どんな人でも欠点を持っている。
自分の欠点を直そうとしても持って生まれたものはまず直らない。
みんなが欠点を直してしまうと、同じような人間ばかりになって非常につまらない。
欠点は相手側から見れば特徴であることもある。
恋してる相手の欠点なんてすべて『えくぼ』になるくらいだ。
直す必要はなく、気を付けていけばそれでいい。
病気ではないから「治す」ではなく「直す」と表現したい。
直す→正す、つまり自分の意志で抑えようと努力できる。

ただし、自分の欠点をわかっていることが条件だ。
それも気付いてない人にはどだい無理な話である。

2006.05.09

ありのまま

ありのままでいたいと思う気持ちはみんなある。
それが意外に、言うほど簡単ではない。
誰しも良く見せたいと、ちょっと背伸びして見せる。
しかし何でも急に本質を変えることは出来ない。
だから『ちょいと背伸びしてみた』程度にとどめるべきである。

若いうちは届いてないところに自分を置きたがる。
相手にずっとそう見せるにはさらに背伸びしてしまう。
しかしずっとそうし続けるのは無理があるからカカトを下ろす。
そこを見られると鍍金が剥げる。
一つ剥がれると次々に剥がれてしまう。
年を重ねるとその事を知っていく、だから背伸びはしなくなる。
そういう経験を踏まえていないと「ありのまま」と「自分勝手」を勘違いしたままになる。

どこが根本的に違うのか。
そこに思いやりが存在するか否かだ。
「ありのまま」とは受け入れてもらえるかどうかの受身であって能動的な思惑は一切無いものであるはず。

2006.05.08

浮気の構造

男があっちの女やらこっちの女やらに気移りする事を、大半の女には理解できない。
女は一般的に一途にできている、好きな男がいるうちは他の男に興味はない。
ふとした瞬間に他の男にすがる事はあっても、恋ではない。

男の気の多さは単純なものである。
例えばブラウン管の中の俳優や歌手やモデルを見て、あれがいいこれもいいと言うのは女にもあることだから理解できると思う。
これを現実の世界でも出来るというだけのことなのだ。

女は一つ切り離さないと次に行けない。
男はあれもこれも好きなうちは全て持っておきたいのだ。
男と女の浮気の違いはここにある。

2006.05.06

独りよがり

物事の感じ方、捉え方は人によって違う。
大きさというのがあるならそれもまちまちだろう。
楽しかったと言ってもどのくらいなのか、表現のしようがない。
自分が楽しめた分だけ相手も楽しめたのか、苦しい時にその大きさがわかってもらえただろうか。
そう思ってしまうのは物足りなさではない。
きつい言葉で言うなら、自分の感情の押し付けになる。
そんなつもりは無くても相手側から見ればそうなるのだ。
なぜなら、相手からも同じことが言えるからだ。

恋は独りよがりでは成り立たない。

2006.05.05

沈黙の効力

自分の気持ちに迷いがある時、決心をするのに理由が要る。
しかし頭の中で決定しても、それを伝えるには色々と言葉を並べてしまう。
自分の思う事を説明をすればするほど、相手に付け入る隙を与えるものなのだ。
覆そうとする側にとっては説明が多ければ多いほど有利である。
言葉や文章の表現ははそれほどに難しい。

ならば沈黙して語らずばどうなるか。
結論のみを伝えるのは残酷に思えても、その決心のほどが最も伝えられる。
それほどに沈黙は説得力がある。

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