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februar 2006 posts

2006.02.23

よりどころ

寂しいという感情は何だろうか。
男は女を、女は男を求める。、例外もあるが。
同性同士、仲間同士の楽しい時間の満足感とは異なる癒しがそこにある。
充実感は得られても、男女間の特殊な癒しは恋でしか得られない。
たとえ束の間であっても顔を見て、言葉を交わして、触れ合うことが気持ちを高揚させる。
その感情を一度でも知った人にとっては、その相手が居ない事は寂しさにつながるのだろう。

人は誰でも一度でも知った楽しさや喜びは、なくなってしまうと寂しくなる。
だから恋を失った直後には、もう恋などしないと思っていてもまた繰り返す。
人の心は弱くもあり、正直でもあるのだと思う。
そして傷つきやすいものでもある。

2006.02.20

きっかけ

自然な出会いがいい、とみんなよく言う。
男女が知り合うきっかけとはどんなものがあるのかを思い浮かべてみたら「自然って何だ」となるように思う。
コンパは大抵が出会いを目的としているし、個人的に紹介してもらうにしてもお見合いのようなものだし、ナンパなんて論外だろう。

そう考えると何が残るのか。 ドラマのような展開を期待しているのだろうか。
Barで一人で飲んでいるところに素敵な彼が現れて、何かをきっかけに話をするように。。。
何かって何だろうか。
そこは不自然な領域であるはずだ。
そんな体裁はいらないのではないか。
「自然」にこだわる必要はない。
出会いなんて全て不自然なもの、それでいいではないか。

但し、待っているだけでは何も起こらない。
直接には出会いに関係なくとも、何か自分が動けばその可能性は広がるはずである。

2006.02.12

Dont judge by her appeareance
人を外見で判断するな、という諺だ。

印象というのは髪型や服装によって決められがちである。
こういうタイプかなと、ある程度はこちらも気構えする必要もあるから仕方がない面もある。
全てを判断してしまうなと言う意味である。
だらしないとか不潔だとかいうのは論外であるが、派手っぽいとか清純そうとか色っぽいというような印象に関してはおそらく当人もそう捉えられることは認識済みではあるまいか。

男からすれば女の色っぽい服装や仕草は、時として「隙」に映る。
例えば露出の多い服などを愛用している女性は、肌を見せて男にアピールしていると受け取られる。
そういう服を着る心理が男を意識しているものだからだ。
全てがそうではない、しかしそこには「隙」が見える。
その実は、敢えて「隙」を作っているとも言える。

2006.02.11

ハマる顔

美人は三日で飽きる、というのが最近わかるような気がする。
もちろん実際には「飽きる」という事でもないのだが。
何というか、最初に受けたインパクトがなくなってくるような感じだ。 美人な事には変わりはない。
次にまた美人が現れると「おや、こっちの方がいいかも」なんて思ってしまう。
けれども前の美人がどうでも良くなるわけでもない。
ラインナップに加わるってな具合になるようなものだ。

特に美人でもないのに「ハマる」顔というのがある。
これはいつまでも飽きない。
理屈ではなく、どこがとも説明できないのだが惹かれるのだ。
美人よりこういうタイプに出会うと是が非でも落としたくなる。
でも中身もついてきてないとがっかりするけどね。

2006.02.10

批判の矛先

男はよく気が多いように言われ、あちらこちらの女を同時に好きになることができるように思われる。
女は同時にはなかなかできないが、新しく好きな相手が出来るとそちらに気持ちが全面的に切り替わる。
あくまでも一般的にであるが、そういう傾向が強い。
たいていは同時に複数の女を好きになれる男は批判の的になる。
浮気性だとか真剣味がないように捉えられる。

実際にそうだろうか。
新しいものに目移りする子供のようなものだとすると、そのタイプは二通りに分かれる。
一つは、目移りしても前からのものにも愛着があってどちらも離さないタイプ。
もう一つは、新しいものに気が移れば前のものには興味がなくなるタイプ。
こう考えると、一般的に男は前者で女は後者に当てはまる。
それならば、どっちもどっちだと思うのだが。

2006.02.06

セクシー

セクシーさとは単なる色気とは違う。
感覚的な言葉だから表現が難しいが、色気は意識的に作り出せるような気がする。
セクシーさとは人によって感じるものが違ってくる。
ある人はそこにセクシーさを感じても、他の人はまた違った部分にそれを感じる。
それはその人の内面の表情であり、作ることは出来ない。
自然の動作や物腰に現れる、いや表れるというよりむしろ感じさせるのだろう。

それがどこから来るものなのか定かではない。
おそらくは、恋の経験からくるのではないかと思う。
いくら美人でもセクシーさを感じられない人もいるからだ。
色気はあるがセクシーさは感じないという微妙な感覚はそこにある。

美人でなくてもセクシーな女性は美しい。
男のセクシーさもこれに通ずるものがあると思うがいかがか。

2006.02.03

未来

デ・ジャブーは過去であったり未来であったりするという。
過去とはおそらく過去世である。
未来が見えるという事は、未来は決められているという事か。
それなら恋愛の相手も決められている事になる。
それが赤い糸というのだろうか。

人生が全て決められているのはつまらないと思ってしまいそうだがゲームだと思えばいいかもしれない。
こうすればどうなるように設定されているんだろう、と言う風にRPGのゲームをするように進んでみたらどうか。
それにはまず動かなければならない。
右に行くか左に行くかの決定は本人の意思だ。
どちらにも次の展開が用意されているとしても、常に選択するのは本人だ。

ただしリセットはない。

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