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juli 2005 posts

2005.07.30

神業

恋愛が始まって間がない頃、一緒に居る時は相手の些細な言動や表情に細かな神経を使っている。
何気ない言葉や相手の動きに、喜んでみたりあっせてみたりする。
相手の事がまだ掴みきれていないからこそ、一つ一つの事に対する反応で推し量ろうとするからだろう。
それを繰り返すうちに自然に情報としてインプットされていき、相手の性格や癖として自分の中で形成していく。
一旦記憶してしまえば、いちいちそれを取り出して確認しなくても把握したような錯覚に陥る。
1+1=2と言う事を理屈抜きで憶えてしまってるようなものだ。

しかし、感情の変化する人間相手にそれが必ずしも当てはまるとは限らない。
極端に言えば五分前にYesだった事でも五分後にはNoになる事もある。
多くの失敗は、把握し切ったという思い込みから、注意する意識が怠慢になる事が原因となる。
だからと言って、話している時、食事している時、或いはふざけあっている時でさえ、常に神経を研ぎ澄ましていたのでは逆に疲れるだけである。
意識するまでもなく自然にそれができれば言う事はない。

慢心することなく、僅かな変化だけを読み取るという一見すれば神業のような技術。

しかし、1+1=2と言うのをいちいち足し算の計算として思い出さなくとも、必要な時に無意識に使っていると言う事を考えればあながち不可能な事ではない。

2005.07.29

挫折への恐れ

純粋に「恋をする」という気持ちだけを捉えると、単純そのものである。
好きだと思えれば恋の発端となりうる。
しかし、これが「恋愛をする」となると男女がお互いに好きで付き合う、と言うニュアンスになる。
こうなると一気に複雑になる。なぜか?

恋愛を難しくしているのは、恋愛をするための要素を必要としてしまうからなのだ。
例えば、時間と言う要素。
片方が、或いはお互いに忙しくて会う時間がなかなか取れない。
会いたいときに会えないと言うのは我侭なように思えるが、率直な気持ちには違いない。
恋をすると言う気持ちには差し支えないが、恋愛をすると言う事になれば難儀な問題となってしまう。
会える時間が少ないから貴方を好きでなくなりました、とはならないが、恋愛していく自信がなくなりました、となる事はある。
食料の心配もなく、災害の不安も犯罪の恐れもない広大な自然の中で、好き合う二人が暮らしていけるとなれば何の問題もなくなるのではないか。
現実の世界では、生活をするという大条件の中で恋愛をすると言うことになるから、時間の他にも色んな要素が絡み合う。
しかし、そういうことを最初から頭の中で考えてしまうと面倒になる。
まずは進んでからでいいのだ。

時間の例に戻れば、時間がないから恋愛しないではなくて、相手が恋愛のために時間を作ろうと努力してくれるかである。
或いは自分も同じ事だ、時間を作ろうとするか否かである。
進んでみてダメなら違う道に行けばいい。
頭で計算ばかりしても無駄である、計算どおりに行けば苦労はしない。

恋愛が難しいと思うのは挫折を怖がるからである。

2005.07.28

解答の出し方

恋愛の中での難問に対する正解はない!と言ったが、不正解は存在する。
明らかに筋が通らないだろうと言う解答の場合だ。
桃太郎の話を聞いた後で、浦島太郎が悪いんだと言われても笑うしかない。
それは常識と言った型どおりに決められたものではない。

恋愛に常識と言うものはない。
礼儀はあるが、ついごちゃ混ぜにしてしまいがちである。
恋愛は心の動きである。
心に左右されながらも自分が考え、信じて進む事には気持ちの上で納得しようとする。
正解がない限り、納得しかないのだ。
しかし、その自分の解答を相手に納得させる事は難しい事もある。
その時に同意が得られないから、あるいは反論されたからと言って力づくでも押さえつけようとする事は筋が通らない。
自分の解答の出し方がすでに間違っている証明だ。
それは自分がこう思うから、相手もこうでないとだめだという解答である。

こういう身勝手な思考回路が、恋愛のもつれから相手を刃物で刺すなどという事件を起こす。
こんな不正解な解答だけはして欲しくない。

心を繋ぎ止めるには力ではなく、心の鎖しかないのだ。

2005.07.27

正解のない道

ここに書いている事や、よく人から相談される事へのアドバイス等は経験から言える助言や、考え方を情報として伝えているに過ぎない。
それはここだけに限らず、恋愛に関する事となると尚更どんな場合でも同じ事だ。
解説は出来るが解答は出せない。

相談や悩みの種はたいていがその相手の話となるが、相手の話は聞けない場合がほとんどである。
ほんのちょっとした伝わり方のニュアンスで、それに対する解説も大きく違ってくる場合もある。

数学の問題は色んな式を使っても、簡単に公式を当てはめても、最後の答えは決まっている。
国語の漢字問題も同じだが、文章問題はどうだろうか?
この部分の作者の意図を書け、という問いに対する絶対的な正解はあるのか?
その解答は想像力も兼ね備えた文章に強い人が、勝手に決め付けたものでしかない。
いくら作者の事を調べて歴史まで紐解いたところで、本人が解答したわけではないのだから。

恋愛のアドバイスや解釈もこれと同じ事で、絶対にこうだと言うものは何一つとしてない。
本人が下す決断も本人にとっての選択であって、正解なのかどうかもわからない。
恋愛にはそういう難問に挑まなければならない時があるわけだ。
二人だけしか知りえない微妙な事情は、他人が口を挟む余地が無いように仕組まれている。
しかし、考えようによっては間違った答えなど無いのだから、心に素直に進めばいいのではないかと思う。

ただ、考えて悩む事は重要である。
なぜ悩むか、それは選択ボタンを押した後は戻れない事を知っているから。
誰しも後悔したくないからだ。

2005.07.26

ヤドカリ

ヤドカリと言う生き物は、文字通り宿(家)を借りて生きている。
本来の姿はザリガニの小型のようなものだ。
背中に貝をしょってるのではなく、貝の中に入り込んでいるのだ。
家は借り物だから、成長して住み心地が悪くなってくると宿がえをする。

男も女もお互いに、相手にこの宿を求めるのではないか。
インスピレーションからデザインを好みで選び、少し中を覗いて見るとフィーリングが合いそうなのでこれに決めようとする。
住んでみて居心地がよければ心も体も癒されて嬉しい。
しかし、あくまでお互いに宿を借りている状況だ。
貝殻が小さくなれば中にいるのは窮屈だと感じ始める。

実際には貝殻が小さくなるのではなく、中にいる方が成長して大きくなってしまうのだ。
宿を借りていると言う意識は比較的持ち易い。
しかし、自分も相手の宿になっているのだと言う事には意外と鈍感なのだ。

相手が大きく成長すると、宿の方も大きくならないと居心地は悪くなって当然である。
特に女は恋によって著しく成長する。

宿になってやるには男も成長しなければ、当然のことながら宿替えされるのである。

2005.07.25

マイナスの連鎖

どんな達人でも、恋に関しては相手というものが存在する限り、誰でも完璧にはこなせない。
どれだけ一つ一つの失敗を学習していくかだ。
わからなくなるのは、許されていた事柄が相手によっては許されなくなる場合がある、という事実だ。
つまりマニュアル通りの丸暗記は通用しないと言う事である。

そもそも恋のマニュアルなど存在しない。
星の数ほどの事例があるだけで、その中からできるだけ近いものを引っ張り出すしかない。

失敗の怖いところは、マイナス連鎖の思考である。
一つの事で引っ掛かると、今まで良いように見えていた物まで180度ひっくり返って、悪い角度から見るようになる。
猜疑心が現れると言う事は、すでに信頼の薄れが始まっている。
しかし、一つの失敗だけでそこまで判定は下せないはず。
だとしたら、それは単なるきっかけであって、その前にマイナスとなる要因が音もなく積み重なってきているのだろう。
ちりも積もれば、である。

連鎖させないためには、蓄積する前に取り除くしかない。
全く埃を出さない事など不可能なのだから。

2005.07.23

心地よい言葉

花を育てた事はあまり記憶にないが、陽に当てたり水を与えたりする事が必要なのは誰でも知っている。

恋愛にしても同じ事が言えるのではないか。
特に女性に対しての心構えのような言い方だが。
花は「綺麗だね」と言いながら世話をしてやると一生懸命に咲こうとするという。
けなしながら乱暴に扱うと花はすぐに枯れるらしい。

女性に対して常にそのような誉め言葉を口にするのは、ちょっと照れ臭いと言うのが本音だろうが、会っている間のどこかで一度でも言葉で言ってあげるだけで女性のテンションは上がる。
それは必ずしも「綺麗だね」と言う言葉を使う必要はない。
相手が心地よく感じられる言葉であれば何でもいいのだ。
自分の好きな女性には輝いて欲しい、そう思うなら是非実行してみるべき。

ただし水のやり過ぎは根を腐らすらしい。
過ぎたるは及ばざるが如しだ。

2005.07.22

審判の日

男性諸氏に警告したい。
もし女性と付き合っているなら、その彼女の立場をきちんと明言しておいてあげるべきである。
もうこんなにラブラブなんだからとか、お互いに好きだってわかっているんだからとか言って、気楽に構えていると痛い目にあう。

男は現状が楽しい間は浮かれがちで、そこにマイナスの要素が潜んでいても気づかない。
良い状態の時こそ女性からの信号をキャッチすべく注意を怠ってはいけない。
彼女の立場というのは、君はオレの彼女なんだと言っておくだけの事だ。その言葉だけで確立される。

実際『ラブラブなんです』と言いながら、いつまでもその宙に浮いた立場のままじゃ嫌だから、自分の決めた日までに彼がその事に気づかなければ切ってしまうと言う女性がいる。
審判の日 彼はその日がいつなのか知らない。
それどころか、彼女がそんな事を思っている事さえ知らない。
その日までに、彼女は何回か信号は出すと言う。
果たして彼は気づくだろうか?

このように、男の単純さと違って女は特殊なスイッチを持ち得る。
女性が全員そうだとは言わないが、これは一例である。
どこでそのスイッチを作り上げられてしまうのか決まっているわけでもない。
浮かれていてはいきなりOFFにされてしまう事もあると言う事だ。
それは男からすれば突然なだけで、ちゃんと信号は出ていたのだ。

スイッチを押されない事を祈る。

2005.07.21

攻めの意識

よく女を落とすには押して押して押し捲れ、と昔から言うがこれは両刃の剣でもある。
押し方にもよるのだろうが、この表現だけを素直に取ると勢いを緩めずにガンガン攻めましょう、みたいな解釈をしてしまう。

現実はどうか。
女の人に、付き合ってる彼氏の話を聞いた時に「最初は全然興味がなかった」とか、極端なのは「嫌いだった」とか言うのまである。
それがどうしたら彼氏になり得るのだ?と疑問に思うのだが、答えを簡単にまとめると、ある時にふと違った印象を受けた際に、この人こんな一面もあるんだと思う事があると、嫌うほどでもないのかなとも感じ始める。
そこから良いところがわかってきたと言う。
男にはあまり持ち合わせてない回路だなと思う。

彼らは押し捲った訳ではないかも知れない。
が、良い所を発見してもらうまであきらめなかったとも言える。
それがとどのつまりは押して押して、の表現として使われたのだ。
ただし押し方を間違えるとストーカー扱いされるから注意が要る。
彼ら本人たちも気づかないうちにどこかで必ず引いているはず。

これを意図的にやるのはタイミングとかもあって難しいものだが、無意識にやれるのは最強だ。
だが先天的な能力がない以上、後は努力しかない。

2005.07.20

恋のスタイル

「好きだから!」と言う感情の勢いで恋ができるのは、10代或いは20代前半までだろう。
それがいけないわけでも、間違ってるわけでもない。
年齢にあった恋の形だと思う。
少しの年齢と経験を重ねていくと、最初からその勢いにはなれない。
それだけに相手と居て気持ちが安らぐと感じると、炭火のように火はいこり始める。
それは時々ぱっと大きな炎を出したりしながら、永く芯までゆっくりと燃え続ける。
『勢いよく恋に走っている』と言う表現に対して、まさにこれが『恋に落ちる』という事だろう。

2005.07.17

スパイス

少年や少女の頃は毎日が楽しくてあっという間に一日が終わっていた。
それは毎日の中で新しい発見があり、新たな経験をするからだろう。
大人になって子供の頃の遊びはできなくなり、そんな時間を持つ事も無くなる。
だから何をすれば楽しいのか、新しい事とは何なのかも見えない。

恋愛の最初も同じだ。
相手に対する発見や期待、恋のワクワク感がある。
付き合いが長くなると、同じ様な繰り返しが当たり前になり、それがつまらなくなる。
発見や期待のない恋はテンションが上がっていかない。

違った事ばかりする必要は無い。
時折スパイスを効かすだけで新鮮味を取り戻せるのだ。
恋にスパイスは必要不可欠だ。

2005.07.15

心のおしゃれ

外見で人を判断するなと言うが、それは例えば服装が派手だとか、顔が怖そうとかいうような一瞥して受けた印象だけでは判断するなと言う事である。
しかし、服もヨレヨレで髪の毛もほうりっぱなし、フケや埃さえついたまま、と言うのであれば、だらしないとか無神経だとかの判定を受けても仕方の無いところであろう。

女の人には化粧と言うものがある。
別にスッピンでも構わないが、化粧で明暗やアクセントをつけて、より美しく見せるためのものだ、決して塗り替えるものではない(笑)
服装にせよ化粧にせよ、いくら綺麗にしていても、ちょっとした表情や仕草や言動に性格は表れてしまう。
性格を隠す必要は無いのだが、人は誰しも大なり小なり醜い心の部分を持っている。

例えば汚らしい人が近くにいると、あからさまに眉間にしわを寄せたり、舌打ちしたりすると言うような事だが、そんな時でもその場を離れるだけで済ませられるはずである。
醜い部分は完全には消えずとも、色んな環境や学習によって自分に心の余裕ができてくると、ある程度は抑え込む事が可能になる。

人の行動に心のせりふを想像してみると、先ほどの例で挙げた場面では、眉間にしわを寄せている場合は『汚らしいなあ、どっか行ってよ嫌だわ』 となるが、微笑みながら立ち去った場合は『あらあら。ちょっと離れましょう』 となる。

心のおしゃれはその人の行動もおしゃれにする。

2005.07.14

引く勇気

誰しも金魚すくいというのを経験した事があると思う。
後ろからそっと網を近づけて行ってすくおうとしても、スッと逃げられる。
あれっと思って追いかけていってもスイスイかわされる。
躍起になって追っていると、そのうち網の方が破れてしまう。
最初に交わされた時に、一旦網を引いて違う方向からすくってみると案外と簡単にすくえたりする。

恋も同じだ。
捕まえる事に必死になると、知らずのうちに手荒くなって、相手も逃れようとする。
一旦引いて、次に違ったアプローチをすれば上手くいったりする。
それでも交わされたらまた引く勇気も大事だ。
交わされているうちはチャンスはある。
どうしても嫌われてシャットアウトされているのなら、それに気づかないと悲惨な事になる。
交わされているのか嫌われているのか、判断は重要だ。

金魚すくいで楽チンだからと言って、弱ってグッタリしているやつばかり狙っていてはダメだよ。

2005.07.13

恋の免停

今度はイイ女に見合う男の内面を書けと、リクエストされました。

緊張感の持続はどうも男の方が下手なようだ。
下手と言うか、すぐに怠慢になる。
本人にその意識は無いが、不注意になりがちなのだろう。
オレについて来いタイプの意味を履き違えてる輩もいる。
えらそうな事は言えないが、女の心理をわかってなければその分だけミスをする。
しかしわかってる人でさえ、せいぜい60%も理解できてればいいほうではないかな。

イイ女はミスに対して少しの猶予をくれる、そしてある種の信号で知らせてもくれるはず。
それに気づく為には、やはり自分の事より女の言動に目を向けておくことだ。
それをプレッシャーにしておくのがいい。

車の免許を持っている人ならわかると思うが、軽微な違反は減点だけで済んでいると言えど、それが重なると蓄積されて免停になる。
後1点しか猶予がないとなると、たとえちょっとした駐禁でも気をつけるだろう。
男は女に対して常に後1点の心構えでいればいい。
何かやると免停だ、ではなく何かシグナルは出てないか?でいい。

かく言うオレも何回か恋の免停をくらっている。
恋の免許取り消しだけは避けたい。


2005.07.12

表情の演出

緊張感を和らげながら、相手の前でいい女を装う手段ってのをエントリーして下さい、、とのコメントに答えて。
男から見ればこう映る、という視点からになりますが。

緊張感でガチガチになると、観察するどころか相手が見えなくなる。
逆に相手からはそれがよく見える。
まず、相手にしゃべらせる。 途中で必要以上に口を挟まないで終始、微笑むように相槌を打つ。
ここで一つだけ頑張って視線を相手の目から反らさない。
やってみればわかるが、じっと目を見つめるのは難しくても微笑むようにしてみれば意外とできる。
いい女のイメージを美人でクールな感じに捉えがちだが、表情の無い女は安らぎを感じさせない。
相手の目を見ることで緊張感を維持して、相手には優しさの印象を与えることが効果的だ。

喜怒哀楽の表情も「怒」を除いては豊かに表現できる方がいい。
「怒」の表現は間違うと気性の激しい女と取られてしまう。

いい女の条件は大人の女としての接し方ができて、尚且つ子供っぽさの部分が垣間見える可愛さのある女だ。
決して強いだけの女ではない。
外見の表情より、内面の表情を演出して欲しい。

2005.07.09

プレッシャー

好きな人を前にすると緊張してしまう、何か変なことを言ってないかしら?変な風に見られてない?
誰もがこんな風に思っても、これは不思議ではない、むしろ当然だと思う。

このプレッシャーと言うのは経験値で克服できるものだが、勘違いしてはいけないのは、付き合いが長くなってくると緊張もなくなって無防備になりがちだが、それを「克服」できたと思ってしまう事だ。
これは明らかに、油断であり決して緊張しなくなってよかったとか安心する類のものではない。
付き合いが長くなっても軽いプレッシャーは持ち続けていることは重要である。
冒頭に書いた緊張とは違う種類の心地よいプレッシャーである。

それができれば相手にも同種のプレッシャーを与える事ができる。
こちらが無防備、無作法に緩むと相手も緩んでしまうものだ。
こうなると自分のことは棚に上げて、相手の緊張感の無さが鼻についてくる。結果はろくな事が無い。
結婚して新婚を過ぎた頃にお互いが感じ始めるのもこういうことで、酷い言い方をすれば「堕落」してきた、となる。
つい油断する事はあっても、それが当たり前のように続くと最後は嫌になる。

相手を美化することは程度が過ぎなければ良い事だ。
ならばその美化した部分を崩されたくは無いだろう。
お互いに心地よいプレッシャーを持つ事によって、阻止できるはず。

2005.07.08

印象

人は最初の印象が大事という。
最初に受けた印象で、勝手ながらその人の全てを作り上げてしまうからだ。
もちろん印象というからには外見も大事な要素である。
女性は男前だとか、カッコイイとかにこだわるのはほとんどが若いうちだけで、そういう外見よりむしろ清潔感だとか、センスの方に目を向ける。
それは言うまでもなく第一印象なのである。

ここで言いたいのは、第一印象を突破できてからの話となる。
つまり話してみてからの印象なのだが、そこから価値観とかの深い所に行く前に、性格についての印象がある。
仮にその段階で非常に悪い印象を受けた場合、おそらく選定から撥ねられるだろう。
では、性格は嫌じゃないけどちょっと変わってる、とか冷たそうとかあるいは掴みどころが無いなどのマイナス点があるという印象だった場合はどうか?
その場合は、ゆっくり話していけば「以外と優しいじゃない」とか、「自分の考えを持っった人だわ」とかプラス点が普通以上に好印象となる。もちろんプラス点のない場合は論外だが。

逆に最初の段階からすごく好印象だった場合はどうか。
今度は「そうでもないのね」「思ったほどでもないじゃない」とマイナス点がクローズアップされてくる。
点数で言うなら、前者は60点から80点に上がり、後者は90点から80点に下がる。それでも同じ80点。
しかし、非常に好印象から入った人は下がっての80点というだけに実際以上に評価を下げてしまうのだ。

印象の使い方もテクニック次第である。

2005.07.07

ステップアップ

心とは裏腹に正反対のことを口にしてしまう。思ってもいない態度に出てしまう。
好きな人なのに、いや好きな人だからなのか、後で自分でも説明できない行動に走ってしまって後悔する。
女性からそんな話をよく聞く。
多分、そういう時というのは素直なままに答えたり行動したりすると、相手に対する自分の好意が筒抜けになるような、そんな気がする時ではないだろうか?

好きな気持ちはいつも伝えたいのだが、相手からそこに触れられると、見透かされたようで反発してしまう。
ニュアンス的にはそんなところか。
相手がそこのところを百も承知しているならそれも可愛く見えるが、そうでない場合はそのまま受け取られてしまい、嫌がられているのかと勘違いしてしまいかねない。
両刃の剣となる。
が、いかんせん咄嗟に出てしまう行動だからやっかいだ。

それなら、この女性心理をしっかり判断できるようにステップアップするのは男の役目か。

2005.07.06

恋愛のゴール?

結婚は恋愛のゴールと捉えられてる事があるが、果たしてそうだろうか?
それがゴールなら恋愛はそこで到達した事になる。
結婚して相手の優しさや気遣いがなくなったとか、今まで自分が感じていた「愛されている感」が見えなくなったと言うなら、相手がゴールという解釈を間違えているからだろう。
環境やしがらみや、ルールが変わったり新たに増えたりして改めて二人でスタートするのが結婚であって、そこには今まで気づかなかった相手の嫌な点を見ることもあるし、逆に知らなかった良い点を発見する場合もある。
当然、二人の新生活が始まるわけだが、それは仕切り直して恋愛が続いていくという事なのだ。

あまりにもゴールという意識を抱えて結婚した場合、そこには何があるのだろうと期待が膨らむ。そして期待以上のものがなければ落胆したり失望したりする。
また、結婚によって恋愛が実を結ぶと言う捉え方をするなら「恋愛」という文字の順番通り恋から愛へと変貌していくべきなのかもしれない。

結婚はたいていの場合、そこからの期間の方が長いのだ。
愛に変えていく時間はたっぷりとある。

2005.07.05

ラストシ-ン

昨日「彼と別れた」とメールをくれた女性に、リアルタイムな話題だからブログを読んでみたらと返信した。
すると、今度は別れを切り出した方がモヤモヤするのは何故かを書いてと言われた。

だらだらとお互いの立場もうやむやな関係は何のメリットもない。
どちらかがきっかけを作ってラインを引かないと気持ちのけじめがつかない。
しかし、先に言い出したほうが悪者にされてしまうような印象を受けがちだ。
決断を下した者、下された者と捉えるからそうなる。
二人の間で良い者、悪い者はないだろう。

彼女の場合はメールで相手に伝え、それに対する返事が来ない、というのもモヤモヤの原因だろう。
相手のことは知らないが、どんな返事であれ意思表示はすべきだと思う。
それでののしりあう事になったとしても、それは仕方が無いはず。
彼はそれを避けたかったのだろうか。返答の無い事のほうが後味が悪いとわからなかったのか。

彼女の気持ちのモヤモヤは、きっと結果はわかっているドラマであれ、最終回を放送しないまま打ち切られた時のイライラだと思う。

終わり良ければすべて良しなのだが。

2005.07.04

「別れ」への理解

どんな場合でもそうなんだが「別れ」には意味がある。

恋愛に於いてもそれは同じだ。
今は一緒にいる意味が無い場合、一緒にいると別のことへの弊害になる場合、他の相手と関わらなければならない場合、再び出会うための準備、など他にもまだあるだろうと思う。
ただし今書いたのは、すべて憎しみ合い、傷つけ合っていない場合が前提だろう。

別れの礼儀として、自分が傷つかないように楽すればするほどその分、相手が傷つくことになる。
恋愛から離れて一緒に歩く事もあれば、別々に歩き出す事もある。
必要なら再び出会う、不要なら出会わない。
宗教的な話ではないが、そう考える事が「別れ」を理解するには一番の近道なのではないかな。

2005.07.02

恋の以心伝心

自分がしようと思った事や考えている事、伝えたい事を偶然にも相手が口にすると「まさにそれ!」となる。
相手が好きな人や恋人となるとさらに嬉しくなったりする。
一緒にいる時にある事について話していて、言おうとした意見が一致したというのなら良くある事かもしれないが、遠く離れている時にそれが起こるとすごく距離が近づいた気がする。
例を挙げれば、電話をしようとしたら相手からかかってきた、メールを送ったらほとんど同時に向こうからも入ってきた、などがそうだ。
違う場所にいて違う事をしながらも同時に同じことを思ったというすごい確率の低い偶然なのだ。
ある種の念波なのだろうが、科学的な解釈より「気持ちが通じてるんだ~」という漠然とした表現の方が楽しいし嬉しいものである。

こう言うことには女性の方が、より嬉しさをストレートに伝えてくれるから、その喜んでいる相手を見ていると男の方も楽しくなる。

恋の以心伝心は二人の波長が重なり合っている事の証明だ。

2005.07.01

嫉妬Ⅱ.現在

好きな相手が自分以外の異性に接触していると嫉妬心が沸く。
たまに同性と仲良くしていても嫉妬する人もいるが、一般的にはやはり異性(つまり自分と同性)の相手の場合だ。
接触と言っても体が触れ合っているわけではない。
食事したり話をしたり、いわゆるコミュニケーションを取っているだけである。
大抵の場合、「仲良く」と言う状況が頭の中で膨らむから余計になのだろう。

この嫉妬の質にも男女の違いが見られる。
男は単純に自分の「物」なんだから気安くするなよ!みたいな所があって、相手の男を警戒するがために生じる嫉妬だ。
女は自分の彼氏が相手の女に気が移ってしまうんじゃないか、という心配な気持ちからくる嫉妬。
考えてみればどちらも警戒されてる対象は「男性」であるが。

この男女どちらの心理もいわゆる「心配」が根本なのであるから嫉妬を取り除くには相手への信頼と、自分の自信である。
それがあれば余裕となって、嫉妬は消える。

余談だが、テレビの画面や雑誌に載っている俳優や歌手に「きゃ~ カッコイイ」とか言っている女に「へっ、どこがいいねん!」とイチャモンつけるのは男の嫉妬だろうか?

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