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juni 2005 posts

2005.06.30

嫉妬Ⅰ、過去 

誰しも好きな相手の事を1から10まで知りたいと思うのはしごく当然のことなのだが。
過去の恋の遍歴や付き合っていた相手の事をあれこれ聞きたがるのはどうか。
話の流れでサラッと表面的に聞いてみるのはありかもしれない、が根掘り葉掘り興信所よろしく聞き出そうとするのは、もう会話でなく喚問である。
そこまで深く聞いて何がどうなるのか。

仮に自分よりいい所を感じたら、何らかの努力をするのだろうか。
多分、そういうことを聞きたがる人に限ってそんな余裕は無い。
ましてや過去の相手をちょっとでも誉めようものなら、たちまち機嫌が悪くなったりする。

過去の相手に嫉妬するのは、自分が選んだ相手を否定する事である。
そういう過程を踏んできた相手だからこそ好きになったのかも知れないのだから。

嫉妬は誰にでもある、では嫉妬しないで済む方法は無いものか。
その方法はある。

余計な事は聞かないことである。

2005.06.29

解放感

夏は解放感があると言われる。
それは人体学的に言えば、太陽の光のエネルギ-がどう影響してとかアドレナリンとか色々あるだろうが、そんな事は問題ではない。
陽が長いというのは行動的になれる。
暑過ぎるのは辛いが、寒い時と比べてアウトドア的なイベントも多い。
感覚的に夏と冬は陽と陰に感じられる。
冬に解放感と言う言葉があまり使われないのはそのためだろう。

しかし解放的というのは時として油断も生じる。
気持ちはプラスに向かって解き放しても、どこかで引き締めておかなければただの無防備になりかねない。

解放的な季節ほど、恋の勘違いにも注意しよう。

2005.06.28

意識

よくみんなこんな事を言う。
なんとも思わない人や、どうでもいい人には好かれるのだが、自分が好意を寄せている人や興味のある人には好かれない。
好かれると言うのは勿論、恋愛の対象としての意味である。
これが法則なのなら世の中にカップルは存在しなくなる。
ではなぜなのか?

人は好意を寄せる相手を意識してしまう。
それは自分で自分の好意に気づいてるからであって、それゆえ逆に意識しないでおこうとする。
しかし意識しないでおこうとする事自体がじゅうぶんに意識している証拠なのである。
そうなると、話や振る舞いが本来の自分ではなくなる。
どこかで、好かれなければとか、嫌われないようにという構えた虚像を見せてしまう。
これは臆病なだけである。本来の自分を見せて嫌われると思うのは自分に自信が無いということになる。
ではどうすればいいか。

意識しないでおくのが無理である以上、それを隠さないでもいいではないか。
逆に意識している事を伝えてしまえばいかがか。
そうすると、今度は逆に相手が意識するはずだ。
これで五分だ。

ただし、付き合っても無い相手に、好きだの可愛いだのを言葉で連発されてもひいてしまうだろう。
まして他にも友達などがいる場などではマイナスにもなりかなない。
要は場の状況とタイミングが大事である。

2005.06.27

表情

相手を前にしての会話の重要性は表情が見える事である。
うそや遠慮は必ず表情に出る。
それを読み取れるかどうかは二人の親密度や信頼感による。
癖や習慣みたいなものから、直感と言うのも相手を目の当たりにすれば不思議と働くものである。
直感には根拠は無い。しかしこの直感はたいてい当たっている。
会話とは、話をするだけではなく、これらの要素が含まれている。

悪い事ばかりではない。
優しさや愛情も表情から読み取れるはずである。

2005.06.25

心の遊戯

あなたが恋愛に求めているものは何なのでしょう?
SEXとかお金などの俗物的なものではないはず。

恋人選びの中でよく出てくる優しい人や楽しい人という条件はとどのつまりは安らぎや癒しではないだろうか。
人はみんなどこかで病んでいる。
恋する人と会える、話せると言う事がそれを和らいでくれる。
その人のことを思うだけでも心は安らぐ。
彼(彼女)が喜ぶなら、こうしてあげようと思う。
それは結局は自分が喜べるからである。
最初から自分が喜びたいからこうしよう、と思うのは恋ではなく自己満足になってしまう。

恋は心を楽しむものだ。

2005.06.24

「恋する気持ち」と「恋」

恋をするのに環境も年齢も関係無いと言っても現実的なことを言えば、その恋を楽しんだり持続させようとするには色んなハードルもある。
恋する気持ちだけを楽しんでいても、やがて人はその恋を何の障害も無く続けていきたいと望むから、当然色んなしがらみが邪魔になるのである。
ハードルが高いほど燃えると言うのは相手に向かう時のハードルの高さであって、まず自分の側にある障害物を乗り越えなければならない。

恋をするのは簡単だが、持続させる事はそう簡単な事ではないのだ。
ただ恋する気持ちは自分ひとりのものであり、持続させる事は難しくない。

敢えてここで表現する「恋する気持ち」と「恋」とは違う。
後者は二人で一緒に楽しむものと言う意味で使われるからだ。

相手がいるから恋なのであり、だからこそやっかいなのだ。

2005.06.23

100項目

自分が相手に求める条件が仮に100項目あるとする。
しかし、その100項目を備えている人は皆無だろう。
90持っていたら、そりゃすごいんじゃないかな。

満点には10足りないわけだが、付き合っていくうちに足りないところが不満になる。
違う人を見てみると、足りないところを持っている。
しかし、その人は先ほどの90点の人が持っているところを持っていない。
最初に不満点を持っていたことに目が行ってしまって、そこに気づかない。

いい所は認めてしまうのは簡単だ。
悪いところを認めることこそ愛情である。
不満だからといって次々に目移りする人は、ただ単に同じ事を繰り返すだけで永遠にたどり着かない。
最後は妥協と言う言葉で納得させようとする。
マイナスの項目が何であるかにもよるが、自分にとって絶対に我慢できない項目である場合を除いて、認める努力も必要なのではないだろうか。

2005.06.22

結婚の条件

結婚の条件にはそれぞれ色々あると思うが、自分の中で決定的なものがあると思う。
性格・ビジュアル・趣味・財力・価値観・・ets

その中でも価値観と言うのは人の考え方によるものだから、最初にピタリと一致していると思ってもお互いに変化していくものだ。
そもそもピタリと全てが一致してtること自体有り得ないのだが。
価値観が違っていても上手くやっていくには、お互いに尊重しあえる余裕が必要である。
自分の価値観が一番正しいと考えることをまず改めなければならない。

価値観の違いを尊重し合い、亀裂を生まないようにするのは会話である。
メールやメッセの時代であっても、本来のコミュニケーションの基本は生身の相手と会話することなのだと思う。
文章や声だけでは判断できない何かが必ず存在する。

結婚の条件の中に会話ができる人か否かをぜひとも入れておいて欲しい。

2005.06.21

心の波動

恋をしたことがない、と言う女性が増えている?が、それは有り得ないだろう。
したことがないのではなく、恋に気づいてないだけだ。
「恋」は相手と付き合ったかどうかには全く関係ないのだから。

ドキドキっとしたり、ハっとしたり、そういう心の動きを「恋」と呼ぶのだ。
形は違えど、どこかで恋はしているはず。
意識的にしようと思わなくても、ふいに心の波動が揺れたらそれは恋の接点に触れたのかもしれない。


2005.06.19

恋の眼鏡

目が悪くなると遠くの物が見えにくくなる。
眼鏡やコンタクトを使うとまた見えるようになる。

では恋に眼鏡はないのか。
見えにくくなっていることにも気づきにくい。
それが当たり前のようになっている。

まだそんなに酷くなっていないうちに目を休めて訓練すると視力は回復するらしい。
同じように心を休めて相手を見つめなおすと恋もはっきり見えるかもしれない。

恋の眼鏡は自分の心にある。

2005.06.18

日常の世界

日常の世界とは違うフィールドで恋をする場合は現実とリンクさせてしまっては続かない。
実際に相手とは恋をし、楽しい時を過ごしても、それは二人でいる別世界だ。
次元の違う世界を交差させてしまうと、そこにブラックホールが生まれ、ジレンマに落ちる。
悩みや苦悩は両方の世界を同時に生きようとするから発生する。

時間で区切って、それぞれで生きればいい。
二つの世界で楽しむことが出来れば最高だが、どちらかがいばらの道になった時にもう一つの世界と混同してしまわないようにしたい。

しかし、人の感情はひとつであるところに難しさがある。

2005.06.17

恋に求めるもの

人が恋に求めるものは何だろう?
自分の心の癒しだろうか?
しかし、癒しを求めて、与えられるだけでは片側通行だ。
与えてあげなくては、と思ってしまう。 でも、与えるとなると「愛」だ。
だから求めている気持ちそのものが恋なんだね。
お互いにそれが成り立っていれば一番いい形なんだろう。

恋は求めるもの、愛は与えるもの。

2005.06.15

答えはあるのか?

男と女の恋愛観に関する心理的なものは永久不変かもしれない。
ベースになるものが違っているから決して完全に重なることはない。
だから惹きあい、惹かれあうのだろう。
そして一万人いたら一万通りの感情が生まれる。
色んな本を読んだり、話を聞いたりしても、それは実際に理解は出来ていない。
体験して初めて、ああそういうことを聞いたことがあったなあ、となる。
体験、すなわち恋は実際に自分自身で経験しないとわからない事だらけだ。

このブログも、あくまでこう感じた、こう思ったが、あなたはどう思う?と言う問いかけなのだ。
共感も反発も、恋を経験した人なら感じて当然。
そして、その答えは同じような恋をした時にわかるはずだよ。

だから恋をしよう。

2005.06.14

恋はすべて

あなたの人生の中で、恋はどのくらいの比重を占めていますか?
どの位置に置いていますか?
仕事も趣味も遊びも、全てでは有り得ないはずです。

でも恋は全てでしょう。
恋しているときは他に何もいらないはず。
もし、仕事や趣味の方が比重が大きいと言うのならそれは本当の恋を知らないからでしょう。

一度は知って欲しい「恋」
知ってしまえば繰り返してしまう「恋」
何よりも自分を発見できるのが「恋」ですよ。

2005.06.13

仕草

色気や可愛さと言うのは、本人が意識しない仕草に現れる。

そうしよう、と意識してやるとどこかにわざとらしさが出てしまう。
わざとらしい=技としてやる、のだから、見抜かれないほどの高度なテクニックがあれば別だが・・

話をし終わった後にチラッと唇を舐めるなんて妙に色っぽい。
話している内容によって、色っぽくなったり、可愛くなったりする。
実際にはこちらがそう感じるだけであるのだが。
こう言う仕草を持っていると得かも知れない。
しかし、逆にハナに付いて嫌だという仕草もあると思う。

御用心。


2005.06.11

包容力

理想の男性像を聞くと、女性はよく包容力のある人と答えるが、どういう風なイメージで言っているのだろうか?
多分、漠然としていて自分でも説明はしにくいのだと思うが。

相手を包み込むと言うことは
・小さな事に細かくこだわらない。
・相手の言ってる事をとにかく考えてみる。
最低でもこの二つができないと成り立たない。
しかし、放任されすぎるとイヤ、何も言ってくれないのもイヤとなる。

このバランスは、いつも意識しながら考えて行動するのは難しい。
女性から言わすと、普段は放任してくれて、いざって時には手綱を引いてね!って事だろうが、言うほど簡単でもないよ。
性格だけでそこまでできるとは思えない。

やはり経験値は必要だ。

2005.06.10

キャッチ&リリース

キャッチ&リリース 釣り用語だけど、うまい言葉かも。
恋愛用語にじゅうぶん使える。

キャッチするだけじゃダメで、がんじがらめにすると相手は苦しい。
水のある所にリリースしてあげないと。
水を得た魚は元気になってのびのびと過ごす。
ひとまわり成長してより一層魅力的になる。
またちょっと引き寄せたくなる。
でも、こっちの技量より成長しちゃうと、するりと交わされる。
それを恐れてリリースするのに躊躇してしまう。
そうすると輝かなくなって飽きていく。

自分も成長しないといけないわけだよね。
お互いが現状にあぐらをかかないようにしないと。

やっぱりリリースは大事だ。

2005.06.09

決心

物事を何でも決心することにはエネルギーを使う。
精神的なエネルギーだ。
その決心がどうやってなされたかと言うことより、人はその決心が自分にどう影響したかを考えてしまう。
全ては自分を中心に推し量るからだ。

それは別に自己中なのではなく、量りうるものが自分の秤しか持ってないからなのだ。
人の秤は全て目盛りも単位も違うからそうするしかないのである。
しかし、秤が違うと言うことだけでも知れば、気持ちを納得させることも多少はできるだろう。

2005.06.08

100%

男が浮気できるのは100%の気持ちを持ち運び出来るからである。
二人の相手がいると半分しか愛情がもらえないから50%しかないじゃないの!って言うのが女の理論である。

男はそのとき一緒にいる女に対して100%の愛を注いでいる。
愛情を分けることのほうが器用であり、そんなことは上手く出来ない。
100%の気持ちは、そのまま持ち帰って、違う相手にまた100%与える。

しかし、女は自分だけが100%であって欲しい。
たとえ1%でも他の方へ向けられるのは許せない。
だからちょっとでも他の女にちょっかいだすと「浮気!」となるのだ。

正しいのかもしれないが、男には付ける薬はない。

2005.06.07

バーチャル

ネットが氾濫してると言ってもいいくらいバーチャルな世界でのコミニュケーションがとり易くなっている。
それはそれでいいのだが、相手が見えないうちに全てを判断してしまうのはどうか。
要は文章からしか判断する材料がないわけだ。
最近は画像や映像を見たりもできるが、それでもリアルに面と向かい合ういわけではない。
そこから実際に会って恋に発展することはあるかもしれないが、メールやメッセージのやり取りの段階で恋に落ちるのは不思議である。と言うよりむしろ奇妙な現象だ。
自分で思い描く相手の偶像に恋するということは理解できるが、恋に落ちるのとは意味が違う。

逆にリアルでのコミュニケーションが苦手だと言う人が多い。
文章もリアルも同じように段々と上手くなっていくはずなのに、敢えて挑戦しないからか。
実際に出向かなくてもパソコンや携帯で簡単に探せるからだろう。

逆の場合はともかく、このパターンだけに頼ってしまうと、本当に人とうまく会話のキャッチボールが出来ない人間になってしまうよ。

2005.06.06

分岐点

一時の愛の感情より、友達として長く付き合っていける友情を選びたい、と言うブログがあった。
女性からの気持ちを書いたものだ。

恋する気持ちは持ったままなのかもしれないが、友達でいるほうが関係が壊れないでいいと言う。
それだけ大切にしたい相手を守る手段として、気持ちを切り替える、または抑えていけるのは女性特有の技だろうか?

男はすぐに、好きになった女を別枠に収めようとする。
独占欲は男の方が強いのかもしれない。

恋してはいるけど愛する人には発展させない。
この微妙な分岐点はどこだろうか?

2005.06.04

すれ違い

何故こだわるのだろう?気持ちのすれ違いに。
男と女、恋人でも夫婦でも相手は一人の人間だ。
育った環境も、生きてきた過程も全て違うのだよ。
だから一致しなくて当然なんだ。

例えば、丸ままのレタスを洗っていて、小石が出てきたら当然その小石を捨てるだろう。
でも、そのレタスを丸ごと捨ててしまうことはしないでしょう。

一つ二つの小石なんて、あって当然なんだよ。
そうは思わない?

2005.06.03

素直とワガママ

自分に素直なのとワガママとは全然ちがう。
自分に素直なのは心の中だけでも出来る。
こうしたい、こう思う、という事がまずは本心である。
それを行動するときに何が絡むか?ということを何も考えないのがワガママなんだろう。
だからって黙って気持ちを閉じ込めてしまうこともない。
気持ちを伝えることはワガママではない。

相手にも素直とワガママはあるわけだ。
どう調整するかは、お互いの素直な気持ちを聞いて理解してからの話だ。
この人に通じたからこっちの人にも通じるか、と言えばそうは行かない。
そこをわからないとワガママに変身してしまうよ。

2005.06.02

人は何かの縁で出会う。
そして何かの役目を果たしあっているはずである。

恋愛もそのひとつだね。
相手との関わりが恋と言う状態で実現されたんだろう。
そして離れていったなら、それは縁の終りだったのだ。
しかし、縁を持った事の履歴は永遠に消えない。
さらに、縁が切れているかどうかは、死ぬまでわからないのである。

2005.06.01

心の快感

心の快感は体の快感より勝る。

若いうちは口ではいい格好で言っても本当はわからなかった。
若いからわからなかったのか、心の快感を知らなかったからわからなかったのか。
たぶん後者だね。
心の快感、すなわち「癒し」だろう。

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