理解への第一歩

頭ごなしに物を言う人は自分の考え方や理論が最高、最良であって他の意見には耳を貸さない。
その考え方そのものが間違いではなくともその伝え方に間違いがある。
相手の意見を受け入れないと言うのは自信なんかではなく余裕が無いだけとなる。
自信があるならば相手の考えを聞いてなおかつ覆せるはずだからである。

恋愛の中では男にその傾向が強い。
男の言うことだから従えと言うのは暴挙でしかない。
男には女の事を理解できてない部分の方が多いはずであるから、より一層の理解を得るためにはきちんと聞かないと無理なのだ。

男が女の反発に切れるというのはほとんどの場合が理論詰めで納得させる自信が無いからであって、そういう時に男は『女は何を考えているのかわからない』と愚痴る。
考えようとしないから解らないのは当然である。

考えたから必ずしも解ると言う単純な物でもないのもまた確かである。
しかし考えることは、想定であっても色んな状況を作り出し、自分の考え方の幅を生み出すことに通ずる。

女が理解できないというのは当たり前であってもそれを放っておく事は当たり前にしてはいけないと言う事だ。

まずは自分の考え方にもまだ肉付けしていける余地があると言うことに気付くことが第一歩である。

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空気のような存在

人と人の関係に於いて空気のような存在とは、あって当然という意味でよく使われている。
無ければ生きていけないと言う意味ならば最高の誉め言葉なのだがそういう風には使われていないように思う。

特に恋愛では無ければ生きていけないではなく、あるからと言って特に常に存在を意識しているわけではないという状態を表現する場合が多いのではないか。

しかし、そう表現されて嬉しい人はどのくらいいるのだろう。

そのくらい打ち解けた、お互いを認めたと言う意味合いも含めての事だが、普段は存在感を感じない位にあって当たり前だと言うのである。


恋に堕ちると貴方なしでは考えられないと思うようになり、もし失うと自分の存在も有り得ないと感じるようになる。
その高揚した想いを自分の気持ちの中で鎮めていくことができれば、テンションは下げることなく穏やかな想いを維持していける。

そのときに本当の意味での空気と感じられるようになり、そして相手にとっての空気のような存在であるためには、良い意味でも悪い意味でも苦しめる存在であってはならないということである。

空気は常に新鮮であってほしい。


  

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予兆と対処

にわか雨というのはその言葉通り突然にやってくる。
前もって予測していないから準備が無い。
突然と言う事態への対処の仕方も人それぞれである。
走り出す人、軒のある所に避難する人、平気でそのまま歩いている人もいる。

突然と言っても厳密にはその予兆はどこかに現れている。
雲が一面に広がるとか暗くなるとかポツポツと雨粒が落ちてくるとかであるが、気付いても間に合うかとか対処できるのかは別にして、予兆があると言うのが大事な点である。
その予兆に気付くかどうかに重要性があるのだ。

恋愛に於ける場面でのにわか雨とは、急に不機嫌になるとか怒り出すとか悲しそうな表情を見せる事であるが、すべてに予兆はあったのではないだろうか。

天候のように空が暗くなると言うような視覚で捉えられるようなものではないだけに見落としがちだが、全く突然に何の関連性も無く怒り出したりする事は有り得ない。
そう言うことがあるならそれは病気の疑いがを持った方がいい。

自然の天候と違う点は、予兆に対して気付きさえすれば対処できると言うことである。
雨は気付いたところで降らさないようにはできないが、恋愛の場合は不機嫌になるとか怒り出すことを未然に防げると言うことなのだ。

つまり恋愛に関しては雨宿りするとか、走って先を急ぐとか言うような対処はすでに手遅れであって、予兆に気付いて降らさないようにすると言う最も根本的な対処がより大切だと言うことになる。


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落とし穴

人に対して新たな一面を見つけた場合、新鮮な印象を受ける。
ところが最初から知っていると当たり前になる。
これはいい意味の場合である。
新たな一面が酷いと感じる場合は新鮮どころか一気に冷める。
この場合は意識的に隠していたかのような扱いを受ける。
最初から知っていたら付き合わなかったと言われるほどにもなる。

相手の色んな面を知ることの重要性や楽しみは時にはこういう怖さもあると言うことである。
知る順序によって恋愛の行方が違ってくる。
恋愛になっているかどうかさえ左右されているかも知れない。

新鮮な一面は素直に喜んでいいと思う、その反面落胆した一面は慎重に捉えるべきだろう。
思っていた印象とよほどの格差がある場合を除いて、それは単なる一面であるかもしれないし、たいしたことではないと考えていたら本性だったと言う場合もある。

すべてがあばたもえくぼと言う状態が一番注意すべき心理の落とし穴である。



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いい女

男が女を見ていい女だなあと表現する時に共通するのは視覚的な判定基準である
人がいい女だと評した女性を見て、容姿に極端な疑問符がつけば首を傾げてしまう。
しかし見た人の基準で普通かと言うレベルならばそこから内面の評価に入る。

容姿で疑問符がつくならいい女と評せずにいい子、或いはいい人と表現することになる。
内面の評価が加わってもそういう表現になる。

ただし男も単純ではあるがまったく馬鹿なわけではない。
容姿の判定でいい女と評しても中身の伴わない相手にはいい女とは表現しない。
その場合は見た目はいい女なんだがうんぬん、と残念そうな表現になる。
これで容姿の良さを捨てきれないと言う心理がよくわかる。

女もそれは同じだろうと言われそうだが、たしかに同じ様なことを言ってるのもよく聞く。
しかし切り捨てるのが男より数倍も早い点で違いがある。
男にはそれを切り捨てるのに多少の未練が残るということだ。

男から女を見るときに容姿がこれだけ影響していることは蔑視ではなく本能がさせる事実なのだろう。
普通と言う基準は曖昧だが極端でさえなければ普通と判定しているのだと思う。

だからこそダイエットだ美容だと女性は敏感になる。
どういう手段を選択するかは別にして、敏感になると言うことがいい女への第一歩ならば男は大歓迎である。

しかし残念がらせないためには内面の磨きは必須である。
ダイエットや美容では内面は向上できないからであり、最終判定はそこにあるからである。


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男の野心

男の野心は仕事に向かえば向上心を生む。
上を目指せば野望となるが方向性を間違えば危険な結果を招く。

男から見て異性の相手に対して描く野心とは基本は欲望である。
恋に関して純粋ではなく性欲に走る時期もあるのは致し方ない。
しかし女性の気持ちを考えると言うことに重要性を感じ出した頃から、向上心なくしては単なる性欲のみの欲望で終わってしまうと理解できるようになる。

つまり女性の気持ちがわかる、或いはわかろうとする男になりたいと言う野心に変わる。

すべてのことに関して言えるのはまず気づくことである。
女性の気持ちを考えていなかった自分に気づくこと、これが基本でありそこから男は成長が始まる。

それまでは単なる男の子に過ぎない。

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疑惑への対応

疑わしきは罰せずと言う言葉があるが、恋愛においては罰するとまでいかなくともなかなかすんなりと見過ごすこともできないように思う。

疑うと言うことは簡単なのだが、その行為には危険性を伴う。
疑った結果が潔白であれば、それは逆に疑った方の評価を下げることになる。
本人も疑った自分を後悔するであろうし、後悔も何もなしに平気であるならそれを批判されても仕方が無い。
疑うと言うことにはそういうリスクも付き物であるから、安易にすべきことではない。

では疑問が湧き上がったときはどうすべきか。
疑問に思ったらすぐに伝えるのは悪くないと思うが、伝え方に工夫もいるだろう。
頭ごなしに問い詰めると言うのは信頼感の喪失を生む。
あまりに回りくどいのも嫌味な印象を与える。
要は疑ってしまうのは嫌だけど気になってると言うニュアンスで伝えるのがベターなように思う。

相手の対応はまちまちであると思う。
あくまでごまかすのか、潔白を真剣に訴えるのか、邪魔くさそうな態度をみせるのか、もちろんその疑惑が本当のところはどうであるのかにもよるのだが、その態度で相手への評価をくだすことはできる。

つまり疑惑そのものよりその疑惑を伝えられた時の相手の対応の方が本性を知ることができると言うことになるまいか。


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満たされる願望の原点

何に対しても「満たされる」と言うことを人は望む。
恋愛にしても然り。
心が満たされると言うことを切に願うのだが、どこまで満たされると満足なのだろうか。
100%と言うのはありえるのだろうかと思う。
何故なら完璧に満たされると人は欲を失う。
欲にも2通りの種があって、自己中心的な欲は自分だけが思い通りになれば満たされるのだが、前向きな欲はその達成のために自分自身が努力して実現させるものだろう。
つまりは恋愛において満たされることを望むならば、相手をも満たしてあげないと次の欲は求めてはいけないと言うことになる。
今自分が満たされていると感じるなら、相手はどうであるかを考え、相手も満たされているならば次の欲を求めてもいいのではないか。

最初に相手に恋をして、幸せだと感じたならそこを基点にそこから先の欲はすべてオプションであると考える。
おそらく完璧に満たされると言うことは不可能かもしれないが、それは相手の満たされ度が自分のレベルと同位置にあれば不満と言う形にはならないのではないかな。

満たされた分だけ相手を満たす、これが基本のはずである

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チェック

女は恋愛の進行中にも将来この人と結婚して幸せになれるかと問うことがある。
そして不安を持つたびにその思いが強く繰り返される。

男は結婚というものが現実味を帯びてくるまでそうは考えない。
いざ結婚の文字が見えてきて初めて、この女と結婚してどうかと考える。

そこに男女の恋愛中の思考に違いが出てくる。
行き違いや些細な喧嘩にも女はそのつどチェックが入り、男は振り返ってチェックしなおす。
男が恋愛中に呑気に見えるのはチェックはまとめて後回しにすることからくる。
今の状態に浸って怠慢になるのも先に危機感を感じないからである。

逆に言えばそのつど相手の事とともに自分のことをチェックし直す男は、本当にその女の事を考えているとも言えるだろう。
それができれば相手のちょっとした変化にも気づくはずである。
相手の事ばかりに文句を言うのでは自分のチェックができていない証拠となる。

チェックする事、される事、これは自分のレベルを上げるためにも大事な事なのである。


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本音

心許せる相手には本心をぶつけることができる。
逆に言えば本音で付き合えない相手に対しては心を開いてないと言うことになる。

遠慮と言うものには気遣いもあるのだが、遠慮をして本音を隠すと言うのではそこから先はない。

なぜ本音を伝えることが大事かと言えば、そのことを隠していても相手に知れた時に相手は遠慮とは取ってくれないだろうし、たとえ遠慮からだと受け取ってくれたとしても結果は落胆を生む。


本音でぶつかって相手がそれを享受できないのなら、本人自身を認められないのだからたとえ本音を隠していてもいずれ破綻する。
それを恐れると今度は我慢や苦痛を強いられ窮屈な恋愛になる。

本音が自己中心的な欲望やわがままであっても相手がそれをどう対処してくれるかである。
相手がはねつけるならそれは相手の本音なのだろう。

本音を言ってもすべて聞き入れてくれるとは限らない事を知っておくべきである。
伝えることと押し通すこととは違う。

伝えるのに大事なことは感情的にならないことである。


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失うものと得るもの

恋愛はバクチとは違うが、勝負すると言う時はある。
勝った負けたの世界にはないものを賭けることになる。
バクチでは負けるとお金や物品を失うが恋愛の勝負ではそれ以上のものを失ってしまう事もあるのだ。
ただバクチの世界と違うところは負けても失うばかりではなく、経験と言うものを得るところにある。

恋愛で臆病になるのは負けて失ったものばかりを悲しんでしまうところに起因するのだが、得たものを生かすためにはそこで足踏みしていては勿体無いではないか。

経験はむやみやたらに勝負しに行かない事を教えてくれるはずである。
楽しむうちは負けても笑っていられる、熱くなりすぎると歯止めが利かなくなる。
決して取り返そうとあがかないことである。


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恋愛レベル

年齢とともに恋愛の仕方、楽しみ方、捉え方が変わってくる。
若い時のレベルが低いと言う意味ではない。
それぞれの年齢に合った適齢レベルと言うのが存在しているのではないだろうか。
年齢を重ねた人が若い子の恋愛を見て「若いな」とか、逆に若い子から年上の人の恋愛に対して「大人だ」とか思うのは自分の年齢に適合していないだけであろう。

色んなジャンルが存在し、それぞれに向き合う姿勢が違ってくる。
そのすべてに共通するのは恋愛には相手の気持ちがあると言うことである。
そこを考えることを疎かにしていてはどんな恋愛でもレベルは上がらない。

相手の気持ちを考えることで自分の未熟さや欠点も見えてくる。
それに気づく事で自分のレベルも上がることができる。
経験しても考えると言うことがなければ繰り返すだけなのである。

恋愛のレベルは自分のレベルが上がらないと上がらない。

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捨てる勇気

気持ちというのは厄介なもので中々断ち切るのが難しい。
思いを引きずるのはほんの僅かでも希望を持ちたいからである。

人間である以上、すぐに感情を切り替えるのは無理であると思う。
だから相手の言葉や仕草を思い起こして感傷に浸る。
しかしそれでは次の恋を逃すかもしれないのである。

恋は相手に心を向けなければ始まらない。
その心が他に残っていては本気で見ようとしない、どころか打ち消してしまいかねない。
どこかで良い所だけを取り上げて比べてしまうような無意識の拒絶が起こるのだろう。

恋を拾うという表現は何か落ちているものを拾うようで美しくないが、そうではなく手にするという意味で言えば恋を拾うためには引きずった恋を持ったままでは拾えない。

捨てなければ拾えないのである。

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寄りかかると言うこと

人は誰しも一人で生きて行くことはできない。
どこかで誰かに関わるはずだからだ。
その中に恋愛と言うカテゴリーがあり、そこでは異性と関わると言う定めなのであろう。

恋愛は自分の不安や癒しを相手に求める。
そして自分も相手の不安や癒しの求めに応えてあげなければいけない。
自分ばかり求めていては自己中ではないか。

求めると言う事は相手に寄りかかると言う表現に言い換えれる。
ここで間違いがちなのが「寄りかかる」ことは「依存する」ことと混同してしまう事である。
恋愛のカテゴリーの中では微妙にニュアンスが違う事に気付いて欲しい。

依存する事は応える事ができないと言う事なのである。

寄りかかるが過ぎると依存になると言えばわかり易いかも知れない。
寄りかかり過ぎると相手は負担になる、なぜなら応えるのにそれ相応の器が必要になるからだ。
負担に感じると応えきれない無念の思いと苦しさから相手は去ってしまう。

そしてもう一つ。
寄りかかり過ぎると言う言葉の別の意味は、寄りかかる相手が一人ではなく複数に及ぶ事だ。
複数になれば相手への寄りかかり方が中途半端になってしまう。
それは必ず相手に伝わってしまうものなのである。

そうすると今度は相手が自分への信頼はその程度のものなのかと疑心暗儀に陥る。
この場合もやはり相手は残念と言う落胆の思いと共に去っていくと思う。

この二通りの受け取り方のどちらであっても結果は一つとなる可能性は高い。
それを理解してもまだ寄りかかり過ぎると言う選択をしますか?

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メリット

女の人の口からよく出てくるのが『付き合って私にメリットがあるの?』という言葉。
このメリットと言うのは平たく言えば「得」と言う意味になる。

恋愛に損得が存在するかどうか。

好きだと言う感情に損得は絡まない。
付き合って何のメリットがあるのと言う時点で、好きだと言う感情はないと考えるのが順序であり、好きなんだけどメリットが無いと言う思考は男には考えられない事である。

具体的にメリットとは何なのかとなると金品や地位と言うならば感情とは一致しないから論外である。
そういうことを頭に入れた結婚なら別だろうが、それは恋愛ではない。

そうなると男にしても女にしても、お互いに付き合って行く中で共有している時間を楽しく過ごせる事に喜びや幸せを感じる事そのものがメリットであると思う。
例え自分の想像と違った部分を見つけても、それが人を知ることであり自分の成長の糧にする事もできる。
或いは自分の良い所悪い所が相手を成長させる。

恋愛のメリットとはそういう点にあるのだとすれば、付き合っていくことにすでにメリットが生まれているということである。
自分にとって良いことが目に見える物欲的な物ではないから気付きにくいのである。
そして感情とはそう言った事をすべて無視して生まれ起こってくる。

結論的に言えば、付き合ってメリットがあるのかと考えた時点で相手に対する感情は燃え上がるようなものではないと言うことになる。

恋は純粋にその気持ちを持てることがメリットである。

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